ヘッドホンMIX 3つの注意点 スピーカーとの違いとは?[難しさ:やさしい vol.097]DTM・ミキシングとモニター環境
昨今は機材やソフトウェアの低価格化などの要因によって誰でもDTMが自宅で楽しめるようになり、ミキシング(MIX)も様々な環境で行われるようになりました。さらにはスピーカーを鳴らせない環境でミキシングしなければならない人も増えています。「プロになりたかったらスピーカーを鳴らせ」といえばそれまでですが、全員プロを目指すわけでもありませんし、住宅事情もありますから、ヘッドホンだけでなんとかしたい人も多いでしょう。
今回は、ヘッドホン環境を中心にせざるを得ない初心者さんやMIX師、クリエイターさんに贈る「ヘッドホンミックスの注意点3選」です。スピーカーとヘッドホンは色々な違いがありますが、特に気をつけるべき、理解すべきポイントを紹介します。
動画はこちら

目次
使用している音源
動画で使用しているマルチトラックデータは以下で販売しています。ミキシングの練習などにご活用ください。
題材曲
NNN ーネコネコネットワークー / KOITA-P
※ミキシングさせていただいております、というか、自分の曲です。
ヘッドホンとスピーカーの構造の違いについてよく考えてみる
改めてヘッドホンとスピーカーの違いを考えてみましょう。
電気信号を音に変換するという役割自体は同じです。また、「フレミング左手の法則」により、電気の力でユニットを動かし、空気を振動させるという仕組みも同じです。しかし、決定的に異なることがいくつかあります。考えてみましょう。

フレミングの左手の法則(フレミングのひだりてのほうそく、英: Fleming’s left hand rule)は、ジョン・フレミングが考案した電磁気現象の記憶法で、磁場中の導体に電流が流れるときにその導体に力(ローレンツ力)が作用する現象において、磁場と電流と力の向きの関係を左手の指で示す方法である。
Wikipediaより
ユニットから耳までの距離
スピーカーでは小さな環境でも耳からスピーカーまで50cm程度の距離があるでしょう。一方、ヘッドホンは数cmレベル。イヤホンで音楽を聞いていて外した時、驚くほど音量が小さいことに驚くはずです。距離が近いために、小さな音量で良いのです。
ユニットと耳の相対角
距離が近いことは同時に角度がないことを意味します。
スピーカーは顔の前方に設置され、前方45度程度の角度を持って音が飛んでくるのに対し、ヘッドホンは横から90度の角度で音が届くのです。近い距離にするには耳と平行にするしかないのです。下の図のように顔の側面とユニットが並行になりますが、スピーカーでこの置き方をすることはまずありません。

筆者の使っているヘッドホンSENNHEISER HD 400 PROなど、モニター用ヘッドホンではこの角度の差を是正するために、ユニットを前傾させているモデルが多くあります。
左右の音の混ざり具合
前述の項目と関連しますが、距離ゼロ、角度ゼロの結果、右耳には右の音だけ、左耳には左耳の音だけが届きます。スピーカーでは、左右の音が混ざります。また、直接飛んでくる音だけでなく、部屋で反射した間接音も耳に届いています。

ヘッドホンは部屋などの物理的環境に影響されにくいことが最大の特徴と言えるでしょう。他の環境で制作をする場合にヘッドホンを持っていったほうが良いのは、環境が変わっても同じ音で聞けるためです。
※厳密にはデジタル信号をアナログに変換するDAコンバーターや、ヘッドホンを駆動するヘッドホンアンプによっても音質は変化します。
ヘッドホンミックスの注意点
ヘッドホンミックスで気をつけるべき3つのポイントを紹介しましょう。
これらはヘッドホンミックスとスピーカーミックスで印象が変わりやすい部分です。逆説的には、印象が変わりやすいことがわかっていれば、気をつけながら制作することができるでしょう。先程の物理的な違いが理解できれば、予想できるかもしれません。
低音と高音の音量に注意する
スピーカーよりもヘッドホンの方が低音と高音が元気に聞こえます。理由は距離によるものが大きいでしょう。
よって、ヘッドホンのみでMIXすると低音と高音が小さくなってしまうことがあります。ヘッドホンで作ったものをスピーカーで聞くと低音の迫力と高音のきらびやかさ・派手さが欠けやすいということです。
動画のサンプル音源では、ハードロックのドラムでチェックすることができます。ハードロック系のドラムは重厚な低域(50〜100Hz付近)があり、かつ、きらびやかで派手なシンバルの音(4kHz〜8kHz付近)があり、ヘッドホンとスピーカーの違いが出やすくなります。

PANの配置に注意する
PAN 100%の位置がスピーカーとヘッドホンでは異なります。スピーカーでPAN100%の位置はヘッドホンでは耳よりやや後ろ側に定位することが多いです。
ヘッドホンでPANを決めると、スピーカーで聞いた時に中央に寄ってしまうことがあります。逆に、スピーカーで作る場合にPAN 100%設定する時は耳の後ろに聞こえる可能性を考慮しなければなりません。
以下はデモ曲のギタートラックのみ再生したところです。ギターの左右位置に注目して聞いてみてください。ギタートラックのPANがそれぞれ「左43/左89/89右」と設定されています。なぜ「89」にするかというと、「100」ではヘッドホンで聞いた時に外側すぎるためです。スピーカーで広がりを感じつつ、ヘッドホンで適度な広がりを感じる設定にしましょう。

空間系エフェクトの量に注意する
最後はリバーブ音等、左右を同時に聞く前提の音に注意が必要です。簡単に言えば、どちらかといえばスピーカーに最適化されているということです。
ヘッドホンでは空間系エフェクトが大きく聞こえるため、エフェクトの薄い(少ない)音になりやすいのです。なお、筆者は近年の音楽がドライ傾向(リバーブが少ない)にあるのは、ヘッドホンリスナーが多い現状に即したものであると考えています。
デモ曲では、VOCALOID初音ミクのボーカルを聞くことができます。ヘッドホンでリバーブの音量を聞くと大きすぎるように聞こえますが、スピーカーに切り替えると小さく聞こえることに気づくでしょう。

ヘッドホンの方が向いていること
注意すべき点もありますが、ヘッドホンの方が向いていることもあります。
ノイズのチェック
ヘッドホンは部屋の音を遮断し、無音空間で音を聞くことができるため、ノイズのチェックに有効です。スピーカーでは聞こえにくいノイズがヘッドホンではよく聞こえます。ボーカルトラックのバックグラウンドノイズなど、ノイズチェックにはヘッドホンを活用しましょう。
低音のチェック
単純に、ヘッドホンの方が低域再生能力が高いことが多いので、超低音のチェックに向いています。
筆者が使用しているヘッドホンSENNHEISER HD 400 PRO(開放型)とNEUMANN NDH 20(密閉型)はそれぞれ6 Hz〜38 kHz、5Hz〜30kHzという周波数特性を持ちます。これに対し、かなり大型のモニタースピーカーNEUMANN KH 150でも低域再生能力は39Hz〜となっています。
自宅で使用できるスピーカーは口径が小さいことが多いでしょうから、必然的に超低域が再生できないのです。低域のチェックにはヘッドホンを活用しましょう。ただし、先述の通り低音全体が大きく聞こえますので、注意しましょう。
ヘッドホンミックスのコツ
うまく活用するたったひとつのコツは、「〜だけ」で作らないことです。
ヘッドホンだけで作ると偏ったバランス、偏った音になってしまいます。スピーカーが鳴らせない場合はヘッドホンを複数使う、小さくても良いのでスピーカーを鳴らすなど、複数の環境を使ってミキシングするようにしましょう。
慣れてくると単一環境でもかなりまとめられるようになりますが、上達するまでは色々な環境で聞き、「様々な環境の中間地点を取るような音」をひとつの目標にしてみましょう。
本記事で紹介した内容も、「スピーカーでミキシングしたほうが良い」というものではありません。「スピーカーとヘッドホンで聞こえ方が違う」ことを知ることこそが最重要です。これは自分の環境という視点だけでなく、自分とリスナーの環境の違いを認識することにも繋がります。作っている音が聞かれる環境は、99%作っている環境と異なるのです。リスナーが心地よく聞けるように、再生環境を切り替えながら耐久性のある音を作るように心がけましょう。