無料プラグインでもできる!サンプリングリバーブでボーカルを前に出す方法 [難しさ:ふつう vol.084] 歌ってみたMIX / ONKIO Acoustic / Waves IR-L
パラミックス、歌ってみたMIXを問わずボーカルを綺麗に聞かせる、思ったとおりの音にする技術はミキシングにおいて必須のスキルです。特にボーカルをもっと前に出す、もっと大きくするというニーズに応えることは避けて通れません。
数多の方法がありますが、その中から考え方として役に立つ方法を3つ、連続講座でお届けします。ボーカルトラックのボリューム調整以外の方法でボーカルを聞こえやすくしてみます。今回は3回目。前回の記事もぜひご覧ください。
DAW標準でもOK!イコライザーでボーカルを前に出す方法
DAW標準でもOK!ディレイでボーカルを前に出す方法
動画版はこちら

目次
使用している音源
動画で使用しているデータは以下で販売しています。ご購入いただくとアーティストにも分配されますので、ぜひご活用下さい。
https://soundworksk.thebase.in/items/59372493
題材曲
Re:GO / キニナルコ
※ミキシングさせていただいております
サンプリングリバーブとは?
今回の技で使用するサンプリングリバーブについてお伝えしておきましょう。
以下の記事でも紹介していますが、サンプリングリバーブはリバーブの種類のひとつで、簡単に言えば実際の場所の響きを収録したデータを元に、その場所で音を鳴らした時の響きをシミュレートするリバーブです。通常のリバーブが「お風呂場っぽい響き」だとすると、サンプリングリバーブは「お風呂場の響きそのもの」が得られると考えて下さい。
ある場所における音の反射というのは相当に複雑で、壁で跳ね返ってきた音はまた壁に、また壁に、と続いていきます。もちろん音は直線ではありませんから、音が飛んだ全方向に対して「音が跳ね返ってどうなるか」を演算で導くリバーブです。故に「畳込み演算リバーブ(コンボリューション・リバーブ)」とも呼ばれます。ご想像の通り、ものすごい演算をするためにパソコンのパワーを大きく消費します。
従来は専用ハードウェアのみ、しかも超高価なエフェクトでしたが、近年はパソコンのパワーが上がってきたために誰でも使えるようになりました。

すごいリバーブなので、「全部サンプリングリバーブでいいじゃん!」と思ってしまいますが、セッティングの柔軟性は通常のリバーブに劣ります。「ある場所の響き」をIRデータ(インパルス・レスポンス)として収録しているため、リバーブの長さは「ある場所」がそもそも持っている響きの長さと同じになります。多少は可変できますが、通常のデジタルリバーブほどの柔軟性はありません。
今回の記事では、なんと無料で使えるサンプリングリバーブ、Melda ProductionのMConvolution EZを使ってみます。Melda Productionの無料バンドルに含まれていますので、ぜひインストールしてみて下さい。インストール方法等は以下の記事からどうぞ。

サンプリングリバーブで前に出す
では実際に挑戦してみましょう。かんたんに説明すると、サンプリングリバーブを用いてリアルな短い響きを付加することでボーカルに立体感を出す、というテクニックです。短い響きを付加するという点で、以下の別記事で解説しているショートリバーブと同様のコンセプトですが、こちらの方がリアリティが強い音が作れます。
未読の方はぜひ後で読んでみて下さい。理解が深まると思います。
サンプリングリバーブを作る
ボーカルにサンプリングリバーブをつけるために、センドリターン方式でサンプリングリバーブを作成しましょう。ProToolsの場合はAUXトラックを作成してディレイを挿入、ボーカルからセンドを作成してサンプリングリバーブに送ります。Cubaseの場合はボーカルトラックを選択してFXチャンネルを作成してサンプリングリバーブを起動しましょう。


エフェクトでは「MConvolution EZ」を選択しましょう。

響きの選択と音の入力
続いてプリセットを選択しましょう。サンプリングリバーブの場合は、プリセットを選ぶ=場所を選ぶことです。「Room」のカテゴリから「Vocal Room」を選択し、ボーカルトラックから音を送ってみましょう。

いかがでしょうか?
ボーカルに程よい響きがつき、立体感がでてきます。これは「Vocal Room」という場所の響きがボーカルに付加され、「Vocal Room」という場所で歌ったような状態になったためです。
すぐ上の「Tiled Room」も聞いてみて下さい。名の通りでタイル張りの部屋ですから、「Vocal Room」よりも硬い音、響きになっています。サンプリングリバーブではこのように部屋を選ぶことで響きを選択します。今回紹介する技では短めの響きが適していますので、「Vocal Room」「Tile Room」または「Room」カテゴリの中からお好みの響きが短い部屋を選んでみて下さい。
これだけです。かんたんですよね。
ボーカルの音を調整する
サンプリングリバーブは「部屋の響きそのもの」です。したがって、もともとのボーカルに部屋の響き=部屋鳴りが多いと部屋の響きが2つになってしまうので、逆に音が濁ってしまいます。サンプリングリバーブを使う場合は、ボーカルのレコーディングにおいて、響きの少ない「ドライ」な状態で録音することが望ましいです。
難しい場合、他人の音源をミキシングする場合は、部屋鳴りの除去をしてからサンプリングリバーブをかけましょう。部屋なり除去の方法は以下の記事でも紹介しています。
サンプリングリバーブを使いこなす最大のポイントは、上述の部屋鳴り除去です。キレイな音を送ることで初めて有効に機能しますので、良い音を作って送ることを心がけましょう。
リバーブの音を調整する
必要に応じてリバーブの音にイコライザーをかけて音質を調整しましょう。パート数が多い楽曲では低域を少しカットすると綺麗になります。しかしサンプリングリバーブはなるべくそのまま使った方が良いので、よほど響きに問題がある場合以外はそのままでもOKです。
高等テクニックとしては、サンプリングリバーブに入力される音にイコライザーをかけて調整すると良いでしょう。この方法だとサンプリングリバーブの良さを活かしつつリバーブ音質を調整できます。
なぜ前に出て聞こえるのか?
サンプリングリバーブをかけることで前に出て聞こえる理由は、前回のディレイの理由とほぼ同様です。立体感が出ることで際立って聞こえてくるためです。ディレイと同様に、実際はサンプリングリバーブをかけない音の方が前には出て聞こえます。しかし、薄っぺらい紙のような立体感の無い音なので、他の音との差別化ができず、埋もれてしまうのです。
ボーカルだけ立体感が強いという状況を作ることで前に出て聞こえてくるという仕組みです。
さらに高度な技としては、パート数の少ないバンドレコーディング等の場合は、楽曲に登場する楽器すべてに立体感を作ります。立体感同士で喧嘩しないように、それぞれの立体感をコントロールすることで前後感を組み立てます。このような場合、立体感をコントロールできることが重要です。
サンプリングリバーブを用いて立体感を作る場合は、部屋を変えること、量を変えること、さらにはサンプリングリバーブの音質調整(イコライザー)をすることで、で立体感を調整することができます。
お勧めサンプリングリバーブ
サンプリングリバーブの場合プラグインごとの良し悪しというよりは、、収録されているIR(インパルス・レスポンス=場所の響きのデータ)の良し悪しがすべてです。色々と使ってみて良いIRを探してみましょう。各リバーブには無数のIRやプリセットが含まれますが、使うプリセットは2,3個だけという場合も多いです。
Waves IR-L
WavesのサンプリングリバーブがIR-Lです。音質と使い勝手のバランスが良いので、誰にでも使いやすく、サンプリングリバーブ初心者にはお勧めです。IR-Lの中にもIR-L efficient / IR-L fullがあります。マシンパワーに余裕があればIR-L fullで良いでしょう。

IR-Lは購入したままだとIRが非常に少ないのですが、WavesのWebサイトより追加ライブラリ(4.8GB)を無料でダウンロードできます。追加方法は以下の記事で解説されています。
お勧めのIRをいくつか挙げておきましょう。各IRを呼び出す際は、2種類表示されるうち「Impulse Response」を選択します。
Sampled Acoustics V2 > Recording Studios > Edison Studio > Edison Studio Wide Center
Sampled Acoustics V2 > Recording Studios > Signet Sound Studio A > Signet Audio Studio (Default)
Sampled Acoustics V2 > Small Rooms > Jam Sync Florida Rooms > Jam Sync Florida Room (Front > Entrance)
使用方法はIRを呼び出して終了です。強いて言うなれば、必要に応じてリバーブタイムを短くすることは可能です。しかし、よほど詳しくない限り他のパラメーターはそのままにしておくのが良いでしょう。これはIR-Lに限らず他のサンプリングリバーブでも同じです。
単品でも比較的安く購入できますが、PlatinumバンドルやRenaissance MAXXバンドルにも収録されており、価格差を考えるとバンドルの方がお得でしょう。
Steinberg REVerence
Cubaseに標準付属するサンプリングリバーブです。Cubaseの場合はREVeranceを使うと良いでしょう。REVerenceの場合は「TIME SCALING」のパラメーターでリバーブタイムを伸ばすことも可能です。しかし思ったように伸びませんし、伸びてもあまり綺麗に伸びない感じがするので、やはりリバーブタイムは可変させずに使うのがお勧めです。
REVerence 詳細はこちら
「BROWSE」ボタンからIRを呼び出して使用します。右上の1〜36の数字は好きなIRを登録しておけるので、よく使うIRを登録しておくと良いでしょう。

お勧めプリセットを挙げておきます。
- NY Studio AA (SR)
- TOKYO Studio (SR)
TAC SYSTEM ONKIO Acoustics
音響設計等で有名な日本の会社、株式会社ソナ/オンフューチャー株式会社の中原氏が開発した技術であるVSVerbテクノロジーを用いて開発されたリバーブ。日本の有名なレコーディングスタジオ、音響ハウスのスタジオをサンプリングしています。厳密にはサンプリングリバーブと異なる技術なので(異なると思います)サンプリングリバーブとしては紹介しにくいのですが、目指す方向性は同じであり、本記事の手法にはうってつけなので紹介しておきます。
スタジオNo.1とスタジオNo.2が収録されており、本記事の用途ではスタジオNo.2の「Inside the Booth」を選択しましょう。ボーカルブースのデータです。また、センドリターンで使用するので「SEND MODE」をオンにしましょう。その他は変更しなくても大丈夫です。リアルな響きに驚きますよ。

Avid Space
最後になりますが、実は筆者が最もよく使用するサンプリングリバーブは最後に紹介するAvid Spaceです。ProTools専用のAAXフォーマットでのみ販売されているサンプリングリバーブですが、収録されているIRが優れたものが多く、色々な場面で使用できます。

Spaceも基本的にはIRを選ぶだけです。本記事の技で使用するIRは2種類だけなので、紹介しておきます。
- 03-Rooms > SOMA Loft > 5m-st Far
- 03-Rooms > Amsterdam Theatreschool > 03 m-st 4.2m Room 8.09
3回シリーズでお届けしておきましたが、いかがだったでしょうか。
ポイントは、フェーダーを上げること、音量が大きくなること以外でも音はよく聞こえるようになるということであり、よく聞こえる要因となる前後感・立体感を作る技術と仕組みの理解が重要ということです。フェーダー以外に聞こえ方を変える方法があるということを学び、研究してみてください。
ボーカル以外の用途にもそのまま使えますので、ぜひやってみてください。また、前に出せるということは、後ろに下げることもできるはずです。最近の音源は一見倍音がたくさん入っていい音に聞こえるものの、前後感が無い音源が多く見られます。ぜひ本記事をきっかけに音の前後という感覚を学んでみて下さい。