NEUMANN KH 80 DSP レビュー & モニタースピーカーの基礎知識と置き方 [難しさ:ふつう vol.051]
当スタジオではメインのモニタースピーカーにFOCAL CMS50を採用し、もう換えることはないと思っていましたが、、、、聞いた瞬間に購入を決意してしまったスピーカーが現れました。NEUMANN KH 80 DSPです。KH 80 DSPのレビューと、この機会に改めてモニター環境で何が大事なのか、良いモニター環境構築のコツを整理してみたいと思います。
動画版はこちら↓


※KH 80 DSPは1本売り(1本ずつの販売)です。一般的な音源を再生(ステレオ再生)するためには2本必要です。ご注意ください。
KH 80 DSPの前に必要な予備知識
KH 80 DSPは最先端のモニタースピーカーで、予備知識を持っている方が正しく理解できます。改めてモニタースピーカーとモニター環境のことを知っておきましょう。
スピーカーとは?スピーカーの構成と駆動方式
音楽制作の世界において、音はデータであり、電気であり、空気振動です。パソコンからオーディオインターフェースまでがデータ、オーディオインターフェースからスピーカーまでが電気、スピーカーから耳までが空気振動です。

スピーカーとは電気信号を空気振動に変換する箱なのです。
空気に変換する部分がスピーカーユニットで、ユニットが揺れることで空気が振動します。ユニットを動かすのがパワーアンプ。過去は別々の機器でしたが、現代の主流であるパワードモニタースピーカー(パワードモニター、パワードスピーカー)は、ユニットとパワーアンプが同じ筐体に収められています。
パワーアンプを内蔵しないスピーカーはパッシブスピーカーと呼ばれるため、パワーアンプを内蔵するパワードモニターはアクティブスピーカーとも呼ばれます。以下は筆者がよく使用した河口湖スタジオのYAMAHA NS-10M STUDIO。NS-10M STUDIOはテンエム(テンモニ)と呼ばれ、代表的なパッシブスピーカーとして愛用されました。

ユニットは複数のユニットを持つスピーカーが多く、現代の主流は高域用のスピーカー(ツイーター)と低域用のスピーカー(ウーハー)の2つで構成される2ウェイ方式です。3つになると中域用のスピーカー(スコーカー)が加わります。すべての帯域を一つのスピーカーで再生する方式は1ウェイ(フルレンジ)と呼ばれます。
音楽制作に向いている環境とは
音楽制作用のスピーカーはモニタースピーカー(略してモニター)と呼ばれます。モニターという単語はmonitorと綴りますが、監視する・制御するといった意味も持っています。映像の世界においてもディスプレイをモニターと呼ぶことがありますが、監視する機器という役割からモニターという呼ばれ方をするのではないかと思います。
モニターに必要なものはいい音ではなく、監視できる精細さと再生能力があり、音の良し悪しが判断ができることです。自分のスタジオで良い音なのかどうかではなく、リスナーの環境でどうなるかが判断できる音が出るということです。判断できる音が結果的にいい音であるのかもしれません。
先述のNS-10M STUDIOはお世辞にもいい音のスピーカーではなく、まったく低音のでないスピーカーでした。しかし、NS-10M STUDIOで作れば他でどうなるかが予想できる、判断ができるスピーカーでした。「音が見える」などと表現されますが、モヤモヤしておらず、色々な音が明瞭に感じられる空間がひとつの理想といえます。
以下のイメージ図を見てみましょう。

ミキシングにおいてはリスナー環境でどのような音になるかが焦点です。
しかし、リスナー環境というのは千差万別。ひとつとして同じ環境はないので、全てでチェックすることも全てに適応するのも不可能です。
上の図で説明すると、原音が「5」とした時、モニター環境が原音のまま「5」で再生する能力があれば、4〜7に収まるように原音を作りこむことができそうです。しかしモニター環境が4〜6とブレがあるとどうでしょう。変数が増えることで原音をどのように作れば良いかわかりにくくなります。
このように、モニター環境構築で重要なことは変数を減らし判断しやすい環境を構築することなのです。判断しやすい音が結果的に良い音と言われているのでしょう。
参考までに、オーディオ用の高級スピーカーは原音よりも良い音に感じるように再生してくれるものが多く、決して原音忠実再生ではありません。
スピーカー・キャリブレーションという考え方
理想を目指して様々なスピーカーが開発されてきました。しかし開発環境で音が良かったスピーカーも、設置環境で音が変化するため開発時の音が出てこないのです。
耳に届くのはスピーカーから直接出た音だけでなく、壁や天井にあたって跳ね返った音(反射音)も耳に届きます。合成された時に音が濁って、スピーカー本来の音ではなくなります。
過去よりエンジニアはスピーカーの置き場所や向き・置き方や部屋の反響を調整することで、スピーカーのポテンシャルを発揮できるよう試行錯誤してきました。これらの物理的対処に加え、スピーカーキャリブレーションという手法が主流になりつつあります。
部屋で音が混ざって濁るのであれば、濁ることを前提とした音を出せば良いという考え方です。例えば、低域が響きすぎる部屋であれば、低域を少なく再生するということです。スピーカーの前にイコライザーを入れ、どのようなイコライザーをかけるかを計測して導き出すというシステムです。
先程の図をもう一度見てみましょう。

これまではモニター環境で「5」を作るのが難しくても、「4」や「6」に固定することで変数を減らしていました。先述のNS-10M STUDIOなどが良い例でしょう。忠実ではありませんが、ブレがないスピーカーということです。
これに対し、スピーカー・キャリブレーションは計測と高度な信号処理によって「5」を実現しようとするものです。
測定とイコライジングに高度な計算・演算が必要となるため、パソコン内部でパソコンの力を借りて補正するシステムが多くリリースされました。代表格はSonarworksでしょう。スピーカーを問わず、誰の環境でもパソコンがあれば導入可能な画期的なキャリブレーションシステムです。筆者も以前導入して使っていました。スピーカーキャリブレーションシステムの台頭によって、最高の部屋が用意できなくても音楽制作に適したモニター環境を誰でも手に入れることができるようになりました。

ソフトウェアのキャリブレーションシステムでは、上記のようにパソコン出力前のデータに対して校正(キャリブレーション)を行い、校正後のデータが後段の機器に送られます。
NEUMANN KH 80 DSP レビュー
基礎知識を手に入れたところで、KH 80 DSPを紹介していきましょう。

KH 80 DSPの概要
KH 80 DSPは4インチウーハー&1インチツイーターを搭載した2ウェイ・パワードモニタースピーカーです。NEUMANNの哲学に基づいて設計された様々な物理的機構が搭載されており、オーディオ用ではなくモニター用としてふさわしいスペックと音を実現しています。
最大の特徴はスピーカー本体にDSP(Digital Signal Prosessor)を搭載し、本体だけでキャリブレーションができるのです。「本体だけで」という部分がどれほど画期的なのかは分かる人にはわかると思います、、、!(後述)
キャリブレーションを実施するためにはKH 80 DSPの他、MA 1という専用測定マイクを購入する必要があります。出荷前に1本ずつ特性が計測され、シリアルナンバーで特性が管理されています。専用マイク以外で計測しても正確な結果は得られません。
キャリブレーション前のインプレッション
KH 80 DSPはキャリブレーションしていない状態でも品質の高い音を再生してくれます。特に低域再生能力が高く、4インチであることを忘れてしまうほどです。全体的にはフラットな印象で特に脚色もなくモニタースピーカーという感じの音です。
指向性は上下方向が狭く、左右方向が広い特性に調整されており、リスニングポイントが多少前後してもあまり印象が変わらない音で聞くことができます。また、置き場所にあわせて背面スイッチで特性を変更することができます。
キャリブレーションなしでは「いいスピーカーだな〜」というくらいの印象だったのですが、キャリブレーションをして再生すると世界が一変します。

キャリブレーション後のインプレッション
一般的にスピーカーの性能が良い場合でも、あくまで聞いているのはスピーカーの音です。当たり前のことです。
しかし、キャリブレーション後のKH 80 DSPの印象は、スピーカーの音を聞いている感じではなく、部屋の音を聞いている感じなのです。スピーカーがあることを忘れてしまうのです。
KH 80 DSPの場合はスピーカーが音を出している感じではなく、何かの力によって「スピーカーの中間にある空間」に振動が生まれているような印象で、音に立体感があります。KH 80 DSPの前に使用していたスピーカーFOCAL CMS50も立体感がありましたが、あくまでスピーカーの音の範囲内でした。KH 80 DSPは部屋が再生している感じなのです。
ボーカルだけでなく、すべての音に立体感があり、存在感があります。もちろん、ちゃんと作り込まれていない音には立体感も存在感もありません。モヤモヤした音はモヤモヤと鳴ります。モニタースピーカーとしての分解能が高い、とにかく位相が良いという印象です。キャリブレーションされているのは周波数特性だけにとどまらず、位相に関してもなんらかの補正が加えられているのかもしれません。
結果的には、音がよく見えるのでミキシングが楽です。スピードも上がります。また、小音量再生でもキャリブレーションされた特性が維持されますので、小音量でも同じように作業ができます。小音量で作業できるというのは長時間作業する場合にとても有効な特徴で、疲れにくくなりますから作業効率も向上します。
ちなみにキャリブレーションの様子については、和田貴史さんの動画で詳しく見ることができます。

低域再生能力とKH 750 DSPの必要性
低域再生能力が優れており、KH 80 DSPだけでもかなりクリアな低域再生が可能です。周波数特性は57Hz〜21kHz(+/-3dB)となっていますので、4インチでありながらミキシングに十分な低域が出ます。他社のモニタースピーカーのスペックを見るとわかりますが、5インチクラスのモニタースピーカーでもローエンドが57Hzから再生できるモデルはあまりありません。
専用のサブウーハー、KH 750 DSPというモデルもあります。こちらもあわせて使用してみましたが、ものすごい厚いローエンドが出ます。低域の音作りは意識しなくても聞こえるようになるためかなり楽です。
ただしかなりの重さ(19.5kg)があり、振動も発生しますので、置き場所を選びます。重くない場所に置くと床が振動してしまいます。筆者のスタジオはビルではなく木造住宅の一室なので、かなり揺れました。自宅への設置を検討している人は注意が必要でしょう。
筆者の場合は、自宅スタジオが広くないこと、家が鳴ってしまうこと、サブウーハー無しで育ったのでサブウーハー自体強く必要だと感じないこと、そして何よりKH 80 DSPの低域再生能力が高いことが理由で、KH 750 DSPの導入は見送りました。安くないですからね、、、(;・∀・)
※最近はやっぱり導入する方向で検討しています。(後日談)
内蔵DSPによるキャリブレーションの利便性
先述のように、過去にSonarworks Referenceを使っていました。しかしSonarworksで採用されるパソコン内キャリブレーション方式は大きな欠点があります。パソコン出力より後段の機器にはキャリブレーションがかからないということです。

筆者のスタジオの場合、具体的に2つの問題がありました。
- マスター音源を録音するマスターレコーダーがパソコンより後段にある=マスター録音中はキャリブレーションされた音でモニターできない
- モニターコントローラーに接続されたCDプレーヤー等再生機器の音にはキャリブレーションがかからない

マスターレコーダーの問題は意外と根深い問題で、ざっくり言えば「すごく不便」なのです。マスターレコーダーにダビングする場合に都度キャリブレーションをOFFにする必要があり、ダビングが終わったらキャリブレーションをONにする必要があるのです。これがなかなか面倒で、忘れやすいのです。
結果的に、キャリブレーション自体には価値を感じていたものの、使わなくなってしまいました。以後、これらの問題が解決できるキャリブレーションシステムを待ち望んでいました。
それが、KH 80 DSPだったのです。
最終段であるスピーカーで補正するため、ON/OFFなどの面倒作業は必要ありませんし、モニターコントローラーに接続されている機器すべてにキャリブレーションが有効です。

パソコン(オーディオインターフェース)より後段で校正(キャリブレーション)を行いますので、すべての入力信号に対し校正の効果があることが最大の特徴です。加えて、DSPの性能なのか、イコライザーの出来が良いのか、パソコンでなくDSP制御なのが功を奏したのか、校正された音に違和感がありません。KH 80 DSPの音は、キャリブレーション後でもミキシングの楽しさがあります。
4インチモニターの有用性〜自宅に5インチスピーカーは大きすぎたのではないか?〜
自宅用モニタースピーカーは5インチウーハーがスタンダードです。
これには、低域を再生するために5インチウーハーが必要だったという背景があると考えています。逆説的には低域に目をつぶれば5インチはオーバースペックだということです。
5インチウーハーモデルを自宅等の部屋で使用した場合、「もう少し部屋が広かったら」と思うことは多くありました。もう少しボリュームを出したほうが良い音になりそうな予感、とでも言いましょうか。。。
KH 80 DSPは4インチウーハー。小さく頼りなく見えますが、部屋で鳴らしてみるとスピーカーの持っているパワーと部屋の大きさがマッチングしているように感じられるのです。頼りなさはありません。
5インチモデルが実力を80%程度に抑えているとすれば、KH 80 DSPは100%で伸び伸びと再生している印象を受けます。
今までの「5インチスタンダード説」の理由を改めて考えてみましたが、「低音のために5インチにせざるを得なかった」のではないかと結論しました。
仕方なく5インチであり、狭い環境では低域再生能力が十分であれば4インチのほうが適しているのではないかと、KH 80 DSP導入後に強く感じました。今まではスピーカーの相談をされたら可能であれば5インチを買うように勧めてきましたが、今後はKH 80 DSPをお勧めするでしょう。KH 80 DSPの音は定説が覆ってしまうほどの衝撃でした。
ちなみに、ちゃんとした広さのスタジオで使うにはやや小さいと思います。12畳以上のスタジオでメインモニターとして使用するには、もう一回り大きなサイズのKH 120等を使うことをオススメします。KH 120はDSP非搭載ですが、KH 750 DSPと組み合わせることでキャリブレーションが可能です。
モニター環境改善のコツ
さてKH 80 DSPが素晴らしいスピーカーであることはおわかりいただけたと思います。適当な置き方をしてもキャリブレーションで穴埋めしてくれるのですが、悪いものを良くするよりも、良いものをさらに良くする方が良いことは言わずともおわかりいただけるでしょう。
以下にスピーカーを問わずに使えるスピーカー設置のコツをお伝えします。ストレートに申し上げればお金をかければ良い音にできるのですが(苦笑)、お金をあまりかけずに自宅でも実現しやすいノウハウに絞ってお伝えします。
1.スピーカーの振動が伝わらないように配慮する
スピーカーは、極論を言えば宙に浮いている状態が最も潜在能力を発揮できると言われています。
何かに接触して振動が伝われば、伝わった相手が振動し、スピーカーになってしまいます。机に置けば机が振動し、スピーカーになってしまうのです。スピーカーの振動が伝わりにくくすることで音がクリアになります。
インシュレーターを使用する
インシュレーターは振動が伝わることを抑えるアイテムです。これをスピーカーと置き場所の間にはさみます。

重い場所に置く
重いものの方が動きませんから、重いものにスピーカーを置けば振動が伝わりにくくなります。木の上よりも石の上。軽石の上より大理石。スピーカースタンドも有効ですが、軽くてフラフラのものは余計音が悪くなりますので、重くてしっかりしたスタンドを選びましょう。
筆者のスタンドは比較的安価ですが、鉄が響かないように内部に吸音材を入れ、砂も追加して重くすることで振動しにくくしています。

2.部屋との関係を考える
難しい言い回しですが(笑)、部屋の中での音の反射を減らし、左右の反射を均一化することを指しています。
壁から距離を開ける
スピーカーから出た音がすぐに壁に当たると影響が大きくなりますので、壁から一定の距離がある方が適切です。最低でも20cm程度は開けましょう。
壁に吸音材を貼って反射を減らす
壁の反射が減るだけで音は良くなります。吸音材を壁に貼ることで改善できます。きちんと設計された空間であれば反射も美しい響きになりますが、ほとんどの場合は反射を減らす方向に調整した方が良い結果が得られます。自宅ならば迷わず反射を減らしましょう。

左右均等になる場所を探して使う
シンメトリーが崩れると音の左右が崩れますので、可能な限り壁までの距離が左右均等になる場所に設置しましょう。
3.ツイーターの高さを耳にあわせる
最後は高さの話。
音は高い音ほど指向性が強いという特性があり、ツイーターから出た音はまっすぐ飛びます。
つまり、ツイーターの高さが耳の高さとズレている場合、ツイーターから出たクリアな高音を聞くことができていないのです。
対策は簡単で、ブロックやスピーカースタンドを用いてツイーターの高さを耳に合わせましょう。また、向きについても内振り(内側に向ける)にして耳に向けるようにします。高音がキツイ場合は振り方を調整し、耳の後ろくらいを向けるようにします。
いかがでしょうか。
いまお持ちのスピーカーでやってみても十分な効果があるはずです。ほとんどの環境において、スピーカーは潜在能力が発揮できていないのです。良いスピーカーも潜在能力が発揮できなければただの高い買い物です。置き方に配慮して良いモニター環境を作ってみましょう。
そしてKH 80 DSP。
良い設置を行い、キャリブレーションをすることでスピーカーを感じない音が実現します。安いスピーカーではありませんが、機会があればぜひ音を聞いてみてください。