EQどのくらい?ブースト/カット量の目安 [難しさ:やさしい vol.114] MIX/ミキシング/イコライザー
ミキシングにおいてほぼ100%使用することになるエフェクト、イコライザー(Equalizer=EQ)。慣れてくればあまり気にせずブースト・カットができますが、最初のうちはどのくらいブースト/カットするべきかわからないと思います。
この記事・動画では、ミキシング初心者の方向けにどの程度ブースト・カットしたら良いか、目安と考え方をお伝えしていきます。
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目次
EQのブースト/カット量を決める時の鉄則
EQ設定で重要なことは、「目で決めず、音で決める」ということです。
近年は音の高さごとの音量分布を示すスペクトラムアナライザーがEQにも装備されるようになり、EQ前後での音の特性を目で見ることが容易になりました。一方でスペクトラムアナライザーを見ながらEQをかけることが多くなり、結果的にはスペクトラムアナライザー無しの頃より悩んでいる人が多くなったように思います。
※参考:EQを使うことを「EQを切る」と表現し、EQをどのように切ったかを「イコライジング」と表現します。「このイコライジングは〜」といった活用をします。
スペクトラムアナライザーについては以下の記事で解説しています。
いくつか例を聞いてみましょう。以下の音はEQ前後の比較です。どのくらいイコライザーをかけたのか想像しながら聞いてみて下さい。
バスドラム(キック)の高域にEQをかけた例
ストリングスの低域にEQをかけた例
ボーカルの低域にEQをかけた例
ボーカルの高域にEQをかけた例
自分の想像と一致しないことが多いのではないかと思います。
これは当然のことでもあります。EQのブースト/カット量は、もともとの音源の周波数特性(音)によって適切なブースト/カット量が大きく変わってしまうためです。「何dBくらいが適切か」という問いには、もともとの音源や楽曲のパート構成という補助情報がないと答えられないのです。
したがって、(当サイトを含め)インターネット上で提示されている「xxdBくらい」という数値はあくまで目安だということを強く認識しましょう。
結論的には、イメージしている音になるまでEQをブースト/カットして良い、ということになります。
重要なのは「イメージしている音」を明確にした上でEQを使うことなのです。楽曲は公表しますが、EQの画面を公表する訳ではありませんから、数値を気にせずEQを使ってみましょう。
EQのスペクトラムアナライザーの活用と注意点
「目で決めず、音で決める」を認識した上で、EQに搭載されたスペクトラムアナライザーを活用してみましょう。この時に、スペクトラムアナライザーが表示しているのは、EQの前か後ろか、どの段階の音の周波数特性なのかを把握しておきましょう。
以下は筆者愛用のEQ Waves F6-RTAです。”RTA”は”Real Time Analyzer”のことで、EQの画面上に表示された縦の棒がスペクトラムアナライザー。[MAX]スイッチをオンにすることで表れる黄色い線は、最大値を示しています(ピーク・ホールド機能)。また、[MA]というスイッチは”Moving Average(移動平均値)”のことですから、ざっくり言えば平均値を表しています。
以下では表示されたアナライザーを参考に、音が大きいところをカットしてみました。
カットしてもアナライザーの表示は大きいままであることがわかります。
ここに落とし穴があります。
アナライザーの表示は入力音(=EQ前)の音の特性に見えますが、実際は出力音(=EQ後)の音の特性なのです。EQでカットしたつもりになっていますが、特性は大きく変わっていないということになります。
参考までに、F6-RTAでは右上の[RTA]の項目で、[Post]が表示されている場合はEQ後の特性が表示されています。[Pre]表示にするとEQ前の特性です。
※音響機器では〜の前を「Pre(プリ)」、〜の後ろを「Post(ポスト)」と表します。Analyzer=Pre EQであればアナライザーがEQ前にあることを示します。
アナライザーを見て設定を決めると、EQを十分に設定したと思い込んでしまうことが多いので注意しましょう。思ったほど変わっていないことが多い、ということです。耳で聞いて満足いくまでブースト/カットしてみましょう。
「ちょっとだけEQをかける」ことがプロっぽく見えますが、実際のプロは「必要なだけEQをかける」のです。通っぽいので少なめに使ってしまいますが、気にせず、耳で聞いて決めましょう。
序盤は大きく、終盤は小さく
それでは実際のミキシングで使える考え方・目安をお伝えしていきます。
ミキシング序盤=ブースト/カット量は多め
ミキシング序盤または各トラック最初のEQは、強めにかけることが多くなります。不要な音のカットや、不足する音を補強して音の基礎を整える段階にあり、「演出」ではなく、「楽曲に必要な音」に調整する段階だと考えてください。
この段階では6dB以上に設定されることも珍しくなく、場合によっては+/-18dBなど、最大値までブースト/カットすることもあります。数値に惑わされず、耳で聞いて満足いくまでブースト/カットしましょう。
以下はストリングス初段に使ったEQです。もともとの音では全帯域に渡って情報量が多すぎたために、かなり強い設定でカットしていることがわかります。「楽曲に必要な音」だけを残している状態です。なお、スペクトラムアナライザーは[Pre]表示にしているため、表示はEQ前の特性です。
また、「楽曲に必要な音」というのは「楽曲に不要な音」が無いという言い方もできます。以下はボーカル初段EQですが、不要な音である部屋鳴りと低域のノイズをカットするために大きくカットを行っています。
さらには、EQ多段がけという技もあります。EQ1台でブースト/カット量が不足する(イメージしている音にならない)場合は、もう1台同じEQを縦列に使ってみてください。実際のところ、レコーディング時にEQをかけることも多いですし、マスタートラックでもEQがかかっていることが多いので、多段がけはイレギュラーな技ではないのです。
ミキシング終盤=ブースト/カット量は多め
ミキシング序盤と異なり、終盤ではブースト/カット量を少なめに抑えるよう心がけましょう。目安は3dB以内程度になると思います。この段階のイコライジングは「楽曲に合った音」に調整するためのEQ。
ゴルフだと思ってもらえばわかりやすいでしょう。ゴルフでは序盤はドライバーを使ってカップに近づき、最後はパターを用いて細かく打ちます。EQも同じイメージでやってみましょう。
以下は先程のストリングスのトラックの後段EQ。EQの種類も異なりますし、高域をブライトにしただけの設定になっています。初段より弱めの設定であることに注目してください。
ボーカルも同様です。先程の前段EQに対して、弱めの設定になっています。ストリングス後段EQと同じ画像に見えますが、異なるものです。筆者は後段で高域ブーストするためにPultec EQP-1Aタイプのイコライザーを使用することが多いです。この場合、[BANDWIDTH]を最大の[10]などに設定し、広い幅でブーストを行うことで自然な高域を得ることを目指しています。
上記画像はProToolsでのみ使用できるAvid PLUTEC EQP-1Aですが、同じようなグラフィックのプラグインはほぼ同様の音が得られます(厳密には全部異なりますが苦笑)。例えばお勧めは、Waves JJPバンドルに含まれるWaves Puigtec EQP-1Aです。
最初は大きく、次第に小さく
EQを使う場所だけでなく、作業の時間軸でも考えてみます。
時間軸でも同様に最初は設定量を大きく、次第に小さくしていくと扱いやすいでしょう。
また、最終的な決定は必ず全体で再生しながら行いましょう。リスナーが聞くのは、ソロではなく、楽曲全体です。
EQの数値目安
では最後に、数値的な目安、使いやすい設定のコツをお伝えします。(あくまでも目安です)
EQは3dBごとを基準に設定してみましょう。
大きく設定し下げていくのがコツなので、迷ったらまずは+/-6dBから。+/-6dBで量が多すぎると感じた場合は+/-3dBに調整します。逆に+/-6dBで変化を十分に感じない場合は、さらに+/-3dB、つまりは+/-9dBに設定してみましょう。
0.5dB単位のイコライジングはカッコよく見えますが、0.5dB単位で動かしてもわからないことが多いと思います。6>3と変化させて、その後追い込んでいくときに0.5dB単位にしてみてください。最初から0.5dB単位を目指さず、3dB単位くらいからはじめて、近づけていきましょう。
ミキシング完了時のEQの数値は「結果」であって、目標ではないのです。
以下はドラムバスのEQで、高域を0.7dBブーストしています。しかし最初から0.7dBに設定したのではなく、+3>+2>+1dBと下げてきて、もう少しだけ減らしたいという意志が反映されて0.7dBになったのです。
ステップアップ・ノウハウ
最後に、理解が進んできたときに参考になるノウハウをお伝えしておきます。
EQは必要な変化だけでなく、不要な音質の変化も発生します。極端に言えばEQをかけない方が音がいい場合も多々あります。しかしEQを使わないわけにもいきませんので、なるべく対象以外の音質変化が少ないイコライジングを心がけていきましょう。
ピーキングEQよりシェルビングEQ
EQをどのようにかけたかを表したカーブを「EQカーブ」と呼びますが、角度の大きなEQカーブは音に与える影響が大きくなります。特にピアノやアコースティックギターでは音がシュワシュワしてくるのですが、これは極端なイコライジングによる位相特性の悪化によるものです。
指定した周波数の周囲だけを変化させるピーキングEQに対し、指定周波数より低い/高い音すべてをブースト/カットするのがシェルビングEQ。シェルビングEQの方が関係ない音への影響が少ないので、ピーキングの必要性がなければシェルビングEQを使うことで、ピーキングEQより自然な音を得られます。
ピーキングEQ を使う場合でも、Q幅を広くするほうが自然な音になります。Q幅についても狭く設定した後に広めにすることができないか、検討してみましょう。
ステレオEQよりM/S処理ができるEQ
ステレオ音源の場合は、M/S処理ができるイコライザーを活用しましょう。
M/S処理では(大雑把に言えば)真ん中とそれ以外の音を分けて処理できます。真ん中の音だけイコライジングできれば良い場合は、M/S処理EQが有用です。M=Mid成分だけを指定してイコライジングしてみましょう。
MS処理について、詳しくは以下の記事で解説しています。
EQのコツをお伝えしてきましたが、いかがだったでしょうか。
とにかく耳です。目ではなく、耳で決めて下さい。そして、設定値に制限はありません。最大値までブースト/カットして、耳で足りないと感じたらもう1台使いましょう。そのくらい自由なのです。
自由ゆえに悩むのがEQですが、それゆえミキシングの結果は人それぞれなのです。まずはガッツリ、EQを使ってみて下さい。
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ミキシングを中心にレコーディングからマスタリングまで手がけるマルチクリエイター。一般社団法人日本歌ってみたMIX師協会代表理事、合同会社SoundWorksK Marketing代表社員。2021年よりYouTubeチャンネル「SoundWorksKミキシング講座」を展開中。過去には音響機器メーカーTASCAM、音楽SNSサービスnanaのマーケティングに従事。