音量バランスの魔法 バランスを変えるとジャンルが変わる!? [vol.041 難しさ:ふつう]
ミキシングとは突き詰めると音量調整です。
イコライザーもコンプレッサーも音量調整。最も簡単に操作でき、最も奥が深いのはボリューム。チャンネルフェーダーです。
質問箱にもこんな質問を頂きました。
「洋楽」「邦楽」が色々あるので(笑)一言ではお伝えできないのですが、曲全体の楽器バランスを変えることでジャンルや雰囲気を変える「音量バランスの魔法」をお伝えしたいと思います。
イコライザーもコンプレッサーも設定変更せずに、音量バランスだけで調整してみます。
動画版はこちら(今回は音が聞ける動画版がお勧めです)↓
目次
音量の大きさを判断するコツ
音量の大きさを判断する場合は、モニター音量を極度に下げるのがコツです。
大きな音量でモニタリングしていると音圧にごまかされてわかりにくくなりますが、モニター音量を下げると一目瞭然。モニター音量を下げるのに同期して、音量が小さい楽器から順番に消えて聞こえなくなります。
ドラムとボーカルを大きくしたいなら、モニター音量を下げていった時、最後にボーカルとドラムが残ればOKです。
音量バランスでどう変わるか
まずは実際に音でどう変わるのか聞いてみましょう。ご自身がミキシングした曲のデータがあれば実際にやってみてください。少しオーバーかなというくらいまでバランスを変えるのがコツです。
歌謡曲 〜ボーカルを重視した音量バランス〜
音量バランスの話をする上で最初に挙げるのは歌謡曲でのバランスです。
ここでいう歌謡曲は広義の歌謡曲(歌手が歌う邦楽全般)ではなく、狭義の歌謡曲、昭和時代に流行した歌手がメインの音楽のことを指します。バンドや楽曲が主体でもなく、アイドルでもない、ちょっと昔っぽい曲と言えばわかるでしょうか。特徴を挙げてみます。
- ボーカルがとにかく大きい
- ストリングスが大きい
- リズム、特にバスドラムが小さい
過去に歌謡曲のミキシングをしばらくやっていたのですが、J-POPなどの感覚でミキシングするととにかくドラムが大きすぎると怒られます(怒られはしませんがw)。聞こえなくても良いくらいまで下げて、ボーカルしか聞こえないくらいまでボーカルをあげてやっとOKをもらった記憶があります。
体を動かしながらノリノリで聞くものではなく、ラジオなどの現代と比較するとお世辞にも音がいいとは言えないスピーカーから流れてくる音楽をゆったりと聞く時代だったのです。
また、演奏はオーケストラを実際に録音していた時代です。現代の邦楽のような「ストリングスを足す」という感覚ではなく、演奏そのものがオーケストラだったのです。ドラムの人は○○さんという個人情報は重要ではなかったのです。また、打ち込みは存在しません。
よって、必然的にドラムはオーケストラ楽器のひとつなので小さくなり、ストリングスが大きくなったのだと思います。
余談ですが、演歌も歌謡曲に入ります。演歌もボーカルが大きいのですが、演歌の生い立ちも関係しているように思います。明治時代、自由民権運動のさなか、政治批判を歌に乗せた「演説歌」が流行、後の演歌になったといわれています。歌が聞こえなければダメなのです。
音量バランスは、音楽性と生い立ち、時代背景が密接に関係しているのです。
現代EDM 〜体が動く音量バランス〜
昭和歌謡の対極とも言えるカテゴリだと思いますが、現代音楽の主流はEDM発祥であろうと考えています。EDMとはElectronic Dance Musicですから、踊るための踊れる曲。体が動く音が必要なのです。
リスナーの体が動くようにするにはどうすればいいかというと、とにかく4つ打ちビートを大きく出します。EDMっぽくする特徴を挙げてみましょう。
- バスドラムを大きくする
- リズムも全体的に大きくする
- 生楽器を小さくする
僕は一時期サッカーJリーグ SC相模原の応援団をやっていまして、観客席最前列でスネアを叩いていました。その時の学びなのですが、知らない曲ですぐに曲に合わせてもらうためのリズムは4つ打ちが適しているのです。それ以上細かい動きにはついてこられません。4つ打ちというのは次の音が予想できるため知らなくてものりやすいのです。のりやすい曲というのは勝手に体が動きます。
▼サッカー応援に興味のある方はどうぞw
https://note.com/soundworksk/n/n4362796de84d?magazine_key=m218ca52e0fa8
体を動かしたかったら4つ打ちを主体にシンプルなリズムを組み立て、大きく出してあげれば良いのです。
EDMにおけるポイントは、ドラムを出すのではなく4つ打ち(バスドラム)を出すということです。
邦楽歌手もの 〜バンドっぽい雰囲気になるバランス〜
現代の曲は打ち込みが主体で構成されるため、楽器構成に制限がありません。しかし「バンド」と呼ばれる構成メンバーを中心にした音楽においては、バンドメンバーを中心とした楽器構成にならざるを得ません。楽曲的にギターが不要でも「ギターの人の音が聞こえない」というのはファンには許容できないものです。
- バンド楽器(ドラム、ベース、ギター、キーボード)を大きくする
- 特にドラムとギターを大きくする
- バンドが大きいが、歌よりは大きくない
- リバーブを薄くする(小さくする)
ライブを見に行ったらバンドメンバーが弾いているであろう楽器を大きくするのです。
このバランスは邦楽J-POPに多く見られます。邦楽歌手の曲は「打ち込み主体」と「生バンド主体」に大別できます。僕の好きなアーティストでいうと、矢井田瞳さんやaikoさんは後者に該当しますし、宇多田ヒカルさんやMISIAさんは前者に該当するでしょう。
歌手ものでも「生バンド主体」にしたい場合は本項のバンドっぽいバランスが適しています。ご質問で頂いた「邦楽」はこのバランスが近いのではないかなと思っています。
洋楽ハードロック 〜ギターヒーローイチオシのバランス〜
ロックな雰囲気は、先述のバンドっぽいバランスをベースに加速させます。
- ボーカル音量を小さくする
- シンバルを大きくする
- ギターを大きくする
特にハードロックはギターヒーロー目立ってなんぼの世界ですから、ギター・ソロやギターリフはボーカルより大きくても良いのです。特にハードロックの歌詞はよく聞こえない方がいいものもたくさんありますから(苦笑)、ボーカルはバンドに埋もれるくらいの音量でも良いでしょう。
何を大きくするとどうなるのか?
ここまでで体感いただけると思いますが、いずれかの楽器を大きくすることで曲の雰囲気が大きく変わります。重要なのは、何を大きくするのか、です。
この「何を大きくするのか」が、ミキシングをする人の音楽センスが表れる部分なのです。
かれこれ20年以上前の話ですが、VAN HALENのエンジニアさんのインタビューを読んだことがあります。VAN HALEN初期の音源はハイハットの音が非常に大きいのですが、理由は「カッコいいから」と書いてありました。VAN HALENという音楽に対してハイハットを大きくするのがカッコ良かった。ハイハットが大きい理由はエンジニアのセンスだったわけです。
では、大きくすべき楽器をどうやって決めれば良いでしょうか。
まずは目標とする楽曲を決めて「どのパートの音が大きいのか」を客観的に分析しましょう。なるべく多くの曲を聞いてデータを蓄積することをお勧めします。聞いた音楽の量がそのまま自分の引き出しになっていきます。
楽器の持つ「雰囲気を変える力」
楽器にはそれぞれ背景が存在し、その音が出ているだけで雰囲気が変わります。例を挙げてみましょう。(あくまでも例です)
- アコーディオン、バンドネオン:古めかしさ、哀愁、アイリッシュ
- ピアノ:大人、夜
- チェンバロ:ホラー
- アコギ:清純、素朴
- ディストーションギター:ワイルド、アウトロー
- ストリングス:豪華、重厚
- ブラスセクション:派手、パーティー
これらの楽器の音量をアップするだけで雰囲気、ジャンルが変わってしまいます。自分のミキシング表現手法として、「何をあげるとどうなる」という方程式をたくさん持っておくと良いでしょう。
これらの雰囲気を持つ力の多くは、その楽器の背景が生み出すものです。
昔使われた楽器であれば使われた時代を連想させて古さ、ノスタルジーを演出します。ロックギターはアウトローの象徴でしたから、今でもワルっぽい雰囲気に繋がります。チェンバロが怖さを出すのは、置いてある空間がホラーに出てくるような空間と類似しているからでしょう。
大事なのは楽器の背景を知っておくことです。知れば自ずと何を上げるべきか、答えが見えてくるでしょう。
いかがだったでしょうか。
文章ばかりになってしまい非常に恐縮ですが、端的にまとめると「何を大きいボリュームで出すか」によってジャンルが変わって聞こえます。そして、何を大きく出せばどうなるかは経験値の積み重ねです。自分の好きな音楽とそうでない音楽、聞き比べて音量バランスの違いを感じてみてください。
ミキシングを中心にレコーディングからマスタリングまで手がけるマルチクリエイター。一般社団法人日本歌ってみたMIX師協会代表理事、合同会社SoundWorksK Marketing代表社員。2021年よりYouTubeチャンネル「SoundWorksKミキシング講座」を展開中。過去には音響機器メーカーTASCAM、音楽SNSサービスnanaのマーケティングに従事。
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