ピアノ・トランペット ライブレコーディング Days of Delight 「Air / 広瀬未来・ 片倉真由子」録音記 at 岡本太郎記念館  

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ずっと手がけさせていただいているジャズレーベルDays of Delightの岡本太郎記念館・岡本太郎アトリエでのレコーディング。通常アトリエコンサートはYouTube配信のみですが、11月にリリースされた「Air / 広瀬未来・ 片倉真由子」は、YouTube配信ではなくCD/ハイレゾリリースの前提で行われたプロジェクトです。

広瀬未来+片倉真由子『Air』トレーラー

レコーディングの背景と様子を録音屋の観点から紹介します。

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広瀬未来さんtwitter

片倉真由子さんtwitter

準備してたどり着いた一日

ピアノの配置とアトリエの響きを重視したセッティング

この作品、かなり前からレコーディングをすることが決まっており、音の方向性についてプロデューサーの平野さんとは事前打ち合わせを入念に行っていました。

加えて同じような構成で事前に録音できたことが作品のクオリティアップにつながりました。「Air」の録音が行われたのは2021年4月20日。遡ること1ヶ月、広瀬未来さんと渡辺翔太さんによるデュオを3月1日に同じ場所で録音していたのです。

広瀬未来+渡辺翔太「Good Bye and Hello」―Days of Delight Atelier Concert― vol.39

僕自身この録音はすごく気に入っておりまして、やわらかい演奏と音が包み込んでくるような雰囲気が好きで、よく聞いている音源のひとつです。

ご覧いただくとわかると思うのですが、ピアノの配置が「Air」と同じです。

アトリエでのレコーディングは何回も行っていますが、上記のピアノがこれまでに録音した中で最も良かったという判断に至りました。もちろん楽器が変われば生音の音量バランスが変わるのでベストな位置は変わってくるでしょうが、トランペットとのデュオ、広瀬さんとのデュオではこの配置が良さそうだというのは事前に把握できていたのです。

加えて、反射を止めない方向での音作りを決めていました。

録音においては音のかぶりを減らすことでクリアな音が録音できるため、吸音(音を吸って反射を少なくする)対策が行われることもありますし、スタジオであれば別室での録音となることもあります。最近ではリフレクションフィルターという音を遮るグッズを使うことがよくあります。

以下の写真は以前の収録でピアノマイクにリフレクションフィルターを使った例です。

リフレクションフィルター

しかし3月の録音ではこのリフレクションフィルターを使っていません。動画をよくご覧いただくとわかると思いますが、床に置いてあります。

これは、録音中に広瀬さんからの提案をもとに使用をやめたために床に置いてあるのです。広瀬さんからのご要望で、この空間の元々の音が演奏しやすいということで、フィルターを外したのです。フィルターを外して録音したテイクの演奏は素晴らしく、聞こえる音の重要性に改めて気付かされました。

そうして出来上がったのが先程の3月のアトリエコンサート音源。

音源というのは完成した後にわかることも多いものです。リスナーさんの反応や再生環境を越えてのの変化などなど、リリースしてしばらくして気づくことは多々あります。その後に「Air」は録音されました。3月の音源で得たものをすべて投入したのが「Air」なのです

スタジオで録れるような「ただ綺麗な音」ではなく、「岡本太郎記念館のアトリエの空気」を録音するという方向に、すべての準備を向けていきました。ピアノはスタインウェイではないし、アトリエは綺麗な響きの部屋でもありません。故に音のクリアさや質感で言えばスタジオ録音音源の方が優れているものも多々あると思います。

しかし、このアルバムはそういうアルバムではないというのを事前に決めていたのです。

録りたい音は綺麗な音よりアトリエの音だった

ビンテージピアノを蘇らせた修復と調律

また、ピアノの調律も「Air」を語る上で外せない要素です。

アトリエにある岡本太郎さんが愛用したピアノはSTEINBERG BERLINのアップライトピアノ。国内には数台しか現存しない貴重なピアノで、いわゆるビンテージ楽器です。よく聞くピアノとは異なる時代を越えてきた乾いた風のような音が特徴なのですが、とても古いのでガタが来ているところもあります。

いつも凄腕調律師さんが調律してくれるのですが、かなり難しい部類に入るそうで、いつも苦戦されていました。問題を解決するため、4月20日のレコーディングにターゲットをあわせピアノの補修も行われたそうです。

STEINBERG BERLINのピアノ

当日も朝から調律が行われていました。岡本太郎記念館に入ると廊下を抜けた奥にアトリエがあります。

岡本太郎記念館の廊下の奥にアトリエがある

廊下に漏れてくる音でさえ、既に全く違う音になっていました。

アトリエに入ると、準備を忘れてピアノの音に聴き入ってしまいました。たしかにSTEINBERG BERLINのアップライトの音なのですが、違うのです。高域に曇りがなくなり、音に芯がある。何より音が大きくなっている。これまでにこのピアノの音をたくさん録ってきましたので、調律による変化がすぐにわかりました。

準備しながら調律中の音を聞いていました

調律もこれまで多くの試行錯誤があり(見ていただけですが)、「Air」は集大成だったと思います。僕が調律したわけではないのですが、音として集大成であることは伝わってくる、そんな音でした。

あとはこの音、この空間をレコーディングするだけです。

マイクセッティング

この空間を録音するとした場合、極論を言えば人間が聞いている音を録ればよいので、林のようにオンマイク(至近距離にセッティングしたマイク)を立てる必要は無いと考えました。その考えを元にセッティングを決めていきました。

ピアノ

ピアノのメインマイクは、背面にあります。

ピアノのメインマイク

これまでのテストや録音から、背面の音がまとまっているという結論に至りました。

もともとピアノは楽器全体が鳴る楽器であり、グランドの音に方向性があるのは反響板(蓋)の影響です。グランドピアノの下も良い音がするのですが、床が近いため床の反射が大きくなり、結果使えないということが多いです。

そう考えると、アップライトの背面は「反射の無いグランドピアノの下」のような位置ですので、いい音が録れても不思議ではありません。ここにマイクを立てるためにピアノ背面の空間を広く配置してもらっています。(調律前に場所を決めてあるということです)

マイクはAKG C214ステレオマッチドペアです。もちろん他のスタンダードな高額マイクも持ち込んでいたのですが、C214の「いい意味で」お高くない音、まるっとした音がこのピアノによくマッチしていたので、メインマイクとして使用しました。ケーブルはKLOTZ MC5000で、この組み合わせだとC214のおとなしさとKLOTZの高域がよい感じにバランスするようで、良い結果が得られます。

C214 x KLOTZ MC5000でアップライトを録る
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これらを受けるマイクプリはNEUMANN V 402です。比較的新しいマイクプリですが、とにかく音楽的な音、納得感のある音がします。プリアンプはNeve等の色付けが強いものとクリアーなものに大別できますが、どちらでもないです。クリアーというほど原音そのままでもなく、かと言って目に見える色付けもありません。強いて言えばSSLあたりに近い気がしますが、SSLよりも倍音が多いような印象を受けます。

NEUMANN V 402をピアノに使用
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V 402の特徴はSTEINBERG BERLINのピアノにピッタリでした。綺麗すぎず、時代を超えた古めかしさを残した音をうまく録ることができました。STEINBERG BERLINに限らず、ピアノなら相性は良いと思います。

その他ピアノ用マイクとしては、前面足元にU 87 Aiをセットしました。

STEINBERG BERLINのアップライトは、(そういうピアノなのですが)低域があまり出ていない特徴があります。低域がなさすぎても音源としては寂しいものになりますので、バックアップとして低音を加算するためのマイクを立てました。自然な低域を得るために無指向性でセッティングしています。

足元にNEUMANN U 87 Ai

余談ですが、アップライトの場合は上記写真の通り足元で低音弦と高音弦がクロスしますので、この位置で録音すると比較的バランスの良い音が録れます。左右に振られていない、音像がまとまった音を録りたい時は有効な位置です。

トランペット

トランペットにはLEWITT LCT840を単一指向性で立てています。

トランペットにはLEWITT LCT840

LCT840は真空管タイプのコンデンサーマイクですが、トランペットなど管楽器との相性が抜群に良いです。普通のコンデンサーで録音すると綺麗ではあるものの線が細くなってしまうことが多々あります。この細くなってしまう部分を真空管が補完してくれるイメージで、太さがありながら伸びのある音になります。特に高音の金管楽器に良いように思います。

LEWITT LCT840 レビュー 〜管楽器に最適なファットな真空管サウンド〜

ホール

最後にホール全体の音を拾うマイクを紹介します。これらのマイクが「雰囲気」の肝です。

全部で3本あります。

アトリエ全体を捉えるマイク

右がX-Y方式で配置したステレオマイクAKG C480B Comb ULS61、左が無指向性のU 87 Ai REDです。

C480Bをステレオ感のコントロールに、U 87 Ai REDを低域の調整に割当て、それらの音量バランスを調整して全体の雰囲気をコントロールしました。C480BがメインでU 87 Ai REDは2割くらいしか出していないイメージです。

「アトリエで聴いている雰囲気」なので、左右に広がった音源は作りたくなかったのです。特等席で聴くライブのように、自分の前に演奏者がいる雰囲気を狙いました。

また、ピアノとトランペットのデュオなので、トランペットがリードとなることが多くなります。セオリー通りリード楽器をセンターに定位させると、ピアノもセンター寄りに配置せざるを得ません。左右の音圧バランスが激しく異なってしまうためです。すると、双方ぶつかって濁ってしまい、実際の雰囲気と違ってしまいます。トランペットはセンターにできません。

どうしたかったかというと、見たままの配置で不自然にならない範囲でトランペットを少し左に配置させたかったのです。これを実現するため、左右に広がりすぎないX-Y方式でのステレオマイクを設置し、メインマイクとしました。

受けるプリアンプはMillennia HV-3Cです。

Millennia HV-3C

HV-3Cは説明不要のクリアー系筆頭マイクプリアンプで、この用途には非常に向いているプリアンプでした。

ちなみにV 402/HV-3C以外は上に乗っているTASCAM HS-P82の内蔵マイクプリアンプでそのまま受けています。つまりトランペットはHS-P82直です。侮るなかれ、HS-P82のマイクプリはかなり良く、Millenniaに対してはやや高域のきらびやかさが劣りますが、むしろ僕の耳にはとても良いバランスです。

録音舞台裏

岡本太郎記念館は岡本太郎記念館であってレコーディングスタジオではありませんので、機材はすべて持ち込みです。「生」感を重視しているためライブ収録に近い方法で録音しており、演奏者の皆さんはヘッドホンを使用していません。これも独特の雰囲気に貢献しているひとつの要因かなと思います。

録音機材

なかなかの量ですが、こんな車に乗せて南青山の岡本太郎記念館に向かいます。

MR2 SW20で録音へ!

載りそうにありませんが、結構な量の荷物が載ります。

トランク搭載が7割

もちろん載りきらない量の荷物であればレンタカーでも借りていきますが、機材がコンパクトになった現代、載りきらないということはあまり無いです。そういう規模のレコーディングであれば大概予算も大きくなるので、機材は僕が用意しないことがほとんどです。おかげでレコーディングに向かう道のりも大変楽しいです。音楽をやるような人は主張が強くないとダメだと思います(苦笑)。


記録というよりは持っていた写真の説明になってしまいましたが、いかがだったでしょうか。この独特の空間、だからこそ生まれた演奏を録音できた名盤に仕上がっていると思いますので、ぜひ聴いてみてください。とにかく広瀬さんと片倉さんの演奏が素晴らしいのです。ずっと聴いていられる心地よさを体感してみてください。

お陰様で各所よりご好評頂いており、嬉しい限りです。

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