EQが先?コンプが先?プラグインの順番の考え方 [vol.106 難しさ:やさしい] 歌ってみたMIX/パラミックスの方法
DAWでのミキシングにおいては多くのプラグインを使って音作りをしていきます。その中でも中心となってくるのがイコライザー(EQ)とコンプレッサー。ボーカルをはじめほとんどのトラックに使うことになります。
旧来のミキシングコンソールでは順番が固定されていましたが、DAWにおいては、EQやコンプなどエフェクト(プラグイン)の順番は決められていません。ゆえに順番で迷う人は多いようです。
この記事では順番を決めるためのひとつの考え方をお伝えしています。
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目次
コンプを基準に、EQの役割で順番を考える
様々な理由で順番が変わりますが、最も考えやすいのがEQの役割を基準に順番を考えるという方法です。コンプを真ん中として、EQをコンプの前後どちらにインサートするのが良いか考えてみましょう。
この基準に沿って決めるために重要なのは、当然ながら、それぞれのEQをなぜ使ったのかという意味がはっきりしていることです。意味が曖昧な場合は順番にも意味がなくなってしまいます。意味のないEQはそもそも使う必要すらありません。

役割がありすぎると決められないので、EQを使う目的を以下に挙げる2つに大別してみましょう。
EQの役割その1:音の掃除・あるべき姿への調整
EQ1つ目の役割は、音の掃除をする、あるべき姿になるように調整するという役割です。
低域のノイズカット、部屋鳴りなどの不要音のカット、耳に痛い中高域のカット、歯擦音のカット。色々な音をEQで減衰させることができますが、楽曲に不要な音のカットであるとまとめることができます。つまり、音の掃除です。
掃除をするEQの場合は、コンプの前段にインサートするのが良いでしょう。

掃除という表現をしましたが、総じて音の特性をあるべき姿に調整すると考える方が適切かもしれません。例えば録音時の問題で全体的に低域が不足していたために、シェルビングEQで補正することがあります。これは、音をあるべき姿に整えるためのイコライジングと考えることができます。
上記のEQ画像では、1:低域のシェルビングがこれに該当します。3と4は不要な部屋鳴りや不要な音のカットをするEQですから、総じて音をあるべき姿に整えるためのEQであると言うことができます。
EQの役割その2:音を楽曲にあわせた加工・表現を加速する調整
EQ2つ目の役割は、音を楽曲にあわせて加工するという役割です。
もちろん掃除も加工ではあるのですが、掃除は加工というよりは「あるべき姿」への調整だと言えます。これに対し、あるべき姿になった音を楽曲に合うように調整するEQが、加工という役割です。。中域をふくよかに、全体をおとなしい音に、低域をパワフルに。もしくは、軽い雰囲気を出すために低域全体をカットすることもあります。このようなEQ調整(イコライジング)はすべて加工側と捉えましょう。
加工するEQの場合は、コンプの後段にインサートするのが良いでしょう。
以下はAvid EQP-1AとT-RACKS EQ-81(T-RACKS MAXバンドル)をコンプレッサーWaves H-Compの後段に配置しています。

加工するEQかどうかを見極める(考える)ひとつの方法は、そのEQがなくても良いかどうかを考えることです。前述のあるべき姿に調整するEQは「無し」にしてしまうと音の質そのものが悪くなりますから、「無し」という選択肢は難しいでしょう。一方加工の場合は、「最悪なくてもいいかな」と思えることが多いと思います。
コンプに入力される音でコンプの動作は変化する
それでは、なぜ前述のような順番が良いのか掘り下げてみましょう。
理由は単純で、コンプに入力される音が変わることでコンプの動作が変わるためです。
コンプレッサーは設定した基準値(スレッショルド)を超えた音に対して動作しますが、対象は帯域ごとではなく、音全体でのレベルを監視しています。従って、低域だけが大きい音を入力すれば低域に対して反応することになります。
例としてバスドラムの音を考えてみましょう。
バスドラムの音は大別すると低域側の胴鳴りと、高域側のアタック音に分けることができます。通常は胴鳴り側の音量が大きいので、胴鳴りに対してコンプレッサーが反応することになります。

すると、コンプレッサーは全体に対して音量を下げる動作をしますから、胴鳴りに反応してアタック音も下げるという動作になるのです。

それでは試しに、低域を大幅にカットした音を先程のコンプレッサーに入力するとどうなるでしょうか。当然ながら、コンプレッサーは反応しなくなります。

バスドラムはあくまで実験なので、実際の例に当てはめてみましょう。
低域に大きなノイズや部屋鳴りが多く含まれるボーカル音源を考えてみてください。以下の図で緑枠のあたりに不要な音が大きく入っていると、、、、不要な音に反応して全体の音量が抑え込まれることになります。これは不本意な動作であるといえるでしょう。

つまり、コンプレッサーを適切に動作させるためには、入力される音をキレイにする必要があるのです。
また、別の視点で考えると、整えた音を入力することでコンプレッサーが反応する帯域を変えることができる、とも言えます。上の図で赤い中高域のあたりにビンテージコンプレッサーのコンプ感を強くかけたい場合は、中高域を強調した音を入力することでコンプレッサーのかかり方が変わる、ということになります。
チャンネルストリップを使用する場合はどうする?
これまでの説明で、EQの目的によって必然的にコンプの前後が決まることはご理解いただけたと思います。EQの役割を2つに大別した場合、前者の役割はデジタルEQに、後者の役割はビンテージ系EQになることが多いでしょう。なぜならば、それぞれの得意分野であるためです。


ここまでの説明では、コンプ1台に対してEQを2台使う想定になっていますが、EQが1台しか使えない場合も考えてみましょう。特に、チャンネル・ストリップと呼ばれるEQ/コンプ等が一体となったエフェクト(プラグイン)を使用する場合がこれにあたります。

結論的には、EQ1台でなんとかしようとしなくて良い、というのが筆者の考えです。コンプ前段にDAW付属の標準EQなどデジタルEQをインサートして音を掃除。音の加工が得意なチャンネル・ストリップのEQは、コンプ後段で存分に音作りに活躍してもらいましょう。

なお、最近のチャンネル・ストリッププラグインの多くは、EQとコンプの順番を可変できるようになっています。スイッチを設定してコンプをEQの後ろに移動させる方法を紹介しましょう。
筆者の多用するIK Multimedia T-RACKS British Channel/White Channel(T-RACKS MAXバンドルに含まれます)では、ダイナミクスセクション(コンプ&ゲート)の「EQ Pre」をONにすることで、ダイナミクスセクションがEQの前(=Pre)に移動します。つまり、OFF(消灯)状態では、EQ>コンプという順番になっています。

EQ PRE: this switch modifies the sequence of EQ and dynamics sections. When engaged the
compressor section is shifted before the EQ setion, effectively changing how the whole module reacts to
the incoming signal in relation to the parameters settings.このスイッチは、EQとダイナミクスセクションの順序を変更します。スイッチをONにすると、コンプレッサー・セクションはEQ セクションの前に移動し、・・・
T-RACKS manual66ページより引用
こちらはBRAINWORX bx console Focusrite SCです。British Channelとは逆で、EQセクションに「EQ Post(=うしろ)」というスイッチがあります。ONにすることでフィルターを含むEQセクションがダイナミクスセクションの後段に移動します。つまり、OFFの場合はEQがコンプ前段にいる、ということです。
ややこしいのは、British Channelの場合は「ダイナミクスセクション」に「EQ Pre」がありましたが、Focusrote SCでは「EQセクション」に「EQ Post」がある、ということです。言っていることは同じなのですが、表現が逆になっていますね(^_^;)臨機応変に対応しましょう。

EQ Post
bx console Focusrite SC manual 16ページより引用
Determines the position of the EQ module, including HP and LP Filters.
When engaged the EQ and Filters are after the dynamics, which is the
default configuration.
WavesのSSL E-Channel/G-Channelでは、少々わかりにくいのですが、DYN(ダイナミクス)セクションに「CH OUT」というボタンがあります。これはダイナミクスセクション(コンプ&ゲート)をCH(チャンネル・ストリップ)の出力(=最後)に移動するという意味です。したがって、ONにするとダイナミクスセクションがEQの後段に移動します。つまり、OFFではコンプ>EQという順番になっています。
さらに「SPLIT」スイッチをONにすると、フィルターセクションとEQが分離(=スプリット)され、フィルター>ダイナミクス(コンプ)>EQという順番になります。このあたりはマニュアル6ページにダイアグラム(信号経路の模式図)があり、大変参考になるので読んでみてください。

Ch Out :moves the dynamics to the output of the E-Channel, making it post-EQ
SSL E-Channel manual 9ページより引用
まとめ:どのエフェクトにも同じ考えが適応できる
以上説明してみましたが、結論はいたって簡単。音を整えてからコンプレッサーをかけましょう、ということです。
もちろんコンプやEQの使い方を極めたエキスパートは実に様々な使い方をしますし、それぞれにそれぞれの有効な理論があります。しかしその域に誰しもが到達するわけではないので、プラグインの順番で迷うことが多くあるでしょう。
簡単です。音を綺麗にしてから加工するのです。
この理論を覚えるとほかのプラグインも同じように解決できます。例えばノイズ除去系は最も前段がふさわしいということになります。同様の理由でボコーダーやコーラス、ダブラーなど、音をエフェクティブに加工するものは後段がふさわしいと言えます。
これはギターアンプの音作りでも同じことが言えます。ギターアンプに入力される音をEQやコンプで整えることで、ギターアンプの歪み具合は変わってきます。当然、整えた音を入力するほうが綺麗なディストーションサウンドが得られるのですが、この事実(というか仕組み)を把握しているギタリストはあまり多くないといえるでしょう。
唯一例外はボーカルの歯擦音を除去するディエッサー。これは前段で使うよりも後段で使うほうが効果が高い場合があります。ディエッサーの質にもよるようですが、筆者の愛用するWaves Sibilance等は最後段で使う方がスムーズに聞こえる気がします。おそらくコンプレッサー等で付加された音が関係していると考えています。
いずれにせよ、ひとつの基準なので、納得が行かないときは順番を変えてみましょう。失うものもありませんし(強いて言えば時間)、どちらが正解でもありません。迷ったら掃除はコンプ前、加工はコンプ後をスタート地点としてミキシングを進めてみましょう。