ストリングス、間奏、どうする? 曲の展開を盛り上げるMIXテクニック EQオートメーション [難しさ:ムズい vol.092] ミキシングテクニック/MIX/パラミックス
POPSのミキシングをしていると高い頻度で出てくる楽器、ストリングス。ストリングスとは正確にはストリングスセクションであり弦楽器のアンサンブルを指しますが、広義にはシンセストリングスまで多種多様、弦楽器のような音全般を指す言葉として使われています。
ストリングスの音作りをしていると、サビとそれ以外、サビとイントロなど、異なるセクションで求める音色が異なる場合が多々あります。このような場合に有効な、EQオートメーションという技を紹介しています。
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目次
使用している音源
動画・記事で使用しているデータは以下で販売しています。ご購入いただくとアーティストにも分配されますので、ぜひご活用下さい。
題材曲
Re:GO / キニナルコ
※ミキシングさせていただいております
ストリングスの役割
まずはストリングスパートをセクションごとに分解して考えてみましょう。
題材曲「Re:GO」では同じストリングスといえど、3つのセクションに大別できることがわかります。
- Intro(4〜11小節):緑
- サビ1(12〜21小節):青
- 間奏1(22〜29小節):水色
- A1(30〜37小節):緑
- サビ2(62〜75小節):青
- 間奏2(76〜84小節):水色

IntroとA
Introで求められる音は、重厚なストリングスセクション。生で聞いているようなワイドレンジで迫力のある音です。イントロで登場する楽器はストリングスだけなので、ストリングスで低い周波数から高い周波数まで広くカバーするような音が求められます。
Aメロも登場する楽器の数が少なくドラムパターンも異なりますので、イントロと同じように重厚なストリングスが求められます。
ざっくり言えば、低音を強く感じることができ、生っぽさを失わない程度の広がりが必要です。
サビ
サビは他の楽器が入ってくるため、他の楽器とのアンサンブルを考える必要があります。特にこの曲はギター曲(ギターが目立つべき曲)なので、ギターを邪魔しないストリングスが必要です。ピアノ、ギター等の他の楽器が低音を出しているため、ストリングスの担当を高域や広がりと考えて、やや生っぽさを捨ててでも広がりやきらびやかさを演出できる音作りをしたいセクションです。
間奏
間奏のストリングスはシンセサイザーの音と一緒にメロディーを奏でます。他のセクションの主役はあくまでボーカルでしたが、間奏ではシンセサイザーとストリングスが主役(メロディ)ということになります。よって、他の音よりも目立つ音で、かつ、広がりすぎないセンター寄りの音が適しています。
このように、同じストリングスのパートでも役割が異なり、求められる音が異なります。パートの中で必要な役割を分解して考えられるようになると、盛り上がるミキシングを作れるようになります。
ミキシングではサビなどのパート数が多いセクションにあわせた音作りをすることが多いでしょう。上記のようにセクションごとに求められる音が異なる中で、サビにあわせた音で通して聞いてみるとどうなるでしょうか。サビに合わせて作り込んだあとに通して聞いてみて下さい。
曲を演出するEQオートメーション
この課題をかんたんに解決できるのがEQオートメーションです。
先程の状況を整理すると、以下の2点に集約されます。
- 低音の出し方を変化させる必要がある
- 音の目立ち方を変化させる必要がある
それぞれイコライザーの設定をオートメーションで動かすことで対応できますので、やってみましょう。
低域のEQオートメーション
まずは低域の変化を作ります。以下はサビにあわせて設定したイコライザーです。
オレンジ色の部分が低域のシェルビングイコライザーです。ギターやピアノの帯域とかぶらないように低域を弱めていますが、イントロやAメロでは低域が不足してしまいます。このシェルビングイコライザーをオートメーションで動かしてみましょう。

イントロで低域のシェルビングEQを+3.0dBにしてみました。サビでは-3.5dBの設定でしたので、+6.5dBしていることになります。

再生してみると、イントロでは重厚に聞こえつつ、サビで他のトラックを邪魔しない音を両立することができています。コツはオートメーションの変化のカーブをなだらかにすることです。人間の耳は意外と曖昧なので、少しづつ変化されると変化したことに気が付きません。
以下は低域EQのゲイン設定のオートメーションです。イントロからサビに移る際に、2段階でゲインを下げています。また、変化する際に垂直ではなく斜めの線になっていることに注目してください。これはゲイン設定がいきなり変化するのではなく、次第に変化することを表しています。

副作用として、なんとサビでも重厚に聞こえてきてしまうのです。実際は低域をカットされているのですが、人間の脳は記憶を再生する機能があるので、サビでも低域があるように聞こえてきてしまいます。
使用しているイコライザー
中高域のオートメーション
続いては、間奏で目立つようにイコライザーを変化させましょう。以下のように中高域(4kHz付近、画像では4,673Hz)を間奏で+4.0dBまでブーストしてみます。

以下はオートメーションです。音がないところで変化させるときは直角でOK、しかし音があるところでゲイン操作をするときは斜めにオートメーションを書いていることに注目してください。

PANのオートメーション
せっかくなので、EQ以外にPANのオートメーションも作ってみましょう。
間奏ではストリングスがメインとなるため、センターに狭まった音を作ってメロディ感を強く演出してみます。以下のように左右のPANが間奏だけ狭まるように設定してみましょう。


Aメロやサビ2、間奏2についても同じようにオートメーションを設定し、最初から通して聞いてみましょう。
ストリングスの音が曲の展開にあわせて変化するため、盛り上がりつつも聞きやすい音になっていると思います。
このように、ミキシングにおいてはパート(音)を分解し、セクションごとに何を求められるのかを読み取ることが重要なのです。
トラック分けで同じ結果を作る
EQオートメーションのほか、トラックを分割することでも同じ結果が得られます。以下は役割にあわせてトラックを3つに分割した例です。

セクションがはっきり分かれている場合は上記のようなトラック分けでも対応可能です。
視覚的にわかりやすいことがメリットですが、なだらかな変化を作ることが難しいため、音の切れ目がない場合は向いていません。また、トラック数が多くなるためにCPUパワーの消費も大きくなります。メリット・デメリットを理解した上で、適切な方法を選んでみましょう。
本記事のポイントは、「曲の中で変化する役割を見極め、対応する」ことです。これは曲の意図を理解できる人間にしかできない対応なので、AIには難しいでしょう。AI全盛となりつつあるいま、人間にしかできない変化を盛り込むことでミキシングの価値を高めることができると考えています。
曲を理解し、つまりアレンジャーや作曲者の意図を理解し加速させるイメージで、EQオートメーションを使ってみてください。