位相がわかれば音がよくなる!?音作りにおける位相って何?位相の超カンタン解説 [難しさ:ふつう vol.093] 

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ミキシングを学んでいくと聞くようになってくる言葉が「位相(いそう)」です。「位相が悪い」「位相がずれている」などの活用をされますが、実態はかなり難解。物理学的な解説が多いため、難しすぎて理解できない方も多いと思います。しかも、理解してもどう音作りに関係するのかわかりにくいと思います。

この記事では、音作りやレコーディング・ミキシングで必要な範囲に限って「位相」を理解する方法を解説しています。厳密な定義とは異なる部分もあると思いますが、音作りに役立つように初心者向けに解説していきますので、識者の方はご容赦ください。「位相」を面白いと思ってもらうことで音作りの楽しさが広がる感覚を掴んでいただければ嬉しく思います。

動画版はこちら

「位相が悪い」を聞いてみる

まずは3つのケースで「位相が良い(=原音)」状態と、「位相が悪い」状態を聞いてみましょう

このときに、位相の状態を表す計測器(メーター)があります。ステレオスコープやオーディオスコープと呼ばれ、音の状態を表す独特の波形が表示されます。(リサジュー図形、またはリサージュ図形、リサージュ波形等の呼び方があります)

筆者がいつも使っているRME DigicheckにもAudio ScopeがあるのでRMEユーザーは使ってみると良いでしょう。また、無料プラグインではMelda Productionの無料バンドルに「MStereo Scope」というプラグインが入っています。本記事では「MStereo Scope」を使っています。

※ちなみに、「位相が悪い」という表現は音楽関係独特の表現ではないかと思っています。

Melda Production無料バンドルのインストール方法は以下の記事で説明しています。

その1 ステレオ音源

原音と比べて、なんとなく音が前に出てこない感覚をご理解いただけるでしょうか。

MStereo Scopeで見てみると以下のような表示になっています。左側の「SCOPE」の表示がリサジュー図形なのですが、位相が悪い状態の音源は円形に近くなっているのがわかります。このリサジュー図形は左右の定位と音の広がりを視覚的に見ることができます。

さらに右側の「Width」のメーターの表示が大きく異なります。このメーターは最も上が「Inv」となっています。「Inv」は「Invert」のことで「逆位相状態」という意味です。逆位相は後述します。

その2 エレキベース

こちらも、メーターは大きく振れているのに音が聞こえにくいのがわかると思います。

同じようにリサジュー図形を比較してみましょう。

ベースのようなモノラル音声において、リサジュー図形は1本の直線になります。左の図形において、赤い直線と重なっているために見えなくなっていますが、直線です。対して右の位相が悪い状態はいかがでしょうか。ベースの音はひとつしか聞こえませんが、リサジュー図形が広がっていることがわかります。

「位相が悪い」という状態は音作りにおいては、色々な場面で遭遇します。総じて言えることは、あまり良い方向には作用しません。思ったように音が前に出てこない場合など、位相の悪さが影響している可能性があると言えるでしょう。

狙って「位相が悪い」状態を作り出す手法もありますが、それはあくまで全体的に位相が良い状態の中で位相が悪い音が存在するギャップを利用するものです。

基本的には位相が悪い状態を避けるように心がけることが重要になってきます。

位相とは?

音を聞いたところで真面目に掘り下げていきます。まずは、位相とは何か、wikipediaで調べてみました。

位相(いそう、英語: phase)とは、繰り返される現象の一周期のうち、ある特定の局面のことであり、波動などの周期的な現象において、ひとつの周期中の位置を示す無次元量でもある。通常は角度(単位は「度」または「ラジアン」)で表される。

Wikipediaより

なんのことだかさっぱりです(笑)。

筆者もどちらかというと理系ですが、決して物理学を専攻したわけでもなく高度な数学ができるわけでも有りませんから、さっぱりです。筆者独自の音作りにおいて有効な「位相という言葉の捉え方」を紹介します

音作りにおける位相とは、2つ以上の音の、お互いの関係性である。

と、考えてください。

つまり「位相が悪い」というのは「音の関係性が良くない」というニュアンスです。

位相が悪いと何が起こる?最も関係性が悪い状態「逆位相」

2つ以上の音の関係性というのは、波のタイミングということです。

海辺の波と同じで、波が合成されたり打ち消し合ったりする結果、想定通りの音(波)にならないという事象が起こります。これが「位相が悪い」状態です。

音の関係性(=2つ以上の音のタイミングのずれ)は角度で表され、最悪の関係性が180度。正反対ということになります。この状態は「逆位相(ぎゃくいそう)」または「逆相(ぎゃくそう)」と呼ばれます。絵で見てみましょう。音を想像しながら読んでみてください。

2つのチャンネルにあるサイン波という音を、同じタイミングで配置します。再生すると、音量は2倍になります

※同じタイミングは「0度ずれている」と表現できます

では2つの音のタイミングを90度(=1/4)ずらすとどうなるでしょう?

ちょっと音の出方が変わることがおわかりいただけると思います。波形で見てみても、先程の0度ずれ合成と比較して音量も小さくなっているのがわかります。また、波形も綺麗な波が崩れてきていることがわかります。

ただ同じ音を合成するだけなのに、関係性が変わると音が変わってしまうわけです

さらに2つの音のタイミングを180度(=1/2)ずらすといかがでしょう。なんと音が(ほぼ)消えてしまいます。メーターは振れます。しかし、聞こえないのです。これが最も関係性が悪い「逆位相」という状態です。

これが音作りにどう影響するか、イメージが湧くでしょうか?

音の関係性が悪いと、メーターは振れているのにいまいち音が聞こえないという状態になってしまうのです。そんなこと、よくありませんか?位相の悪さが原因かもしれません。

身近な音で試してみる

サイン波ではなく、よく聞く音で試してみましょう。

実際の音はサイン波のようにきれいではなく、1回の周期の前後でも異なる波形をすることが通常です。以下のようなスネアの波形で、タイミングをずらして合成してみましょう。

スカスカですね!

波のタイミングを180度ずらしても、完全に音が消えることにはなりません。しかし、メーターが振れているけど音が小さいという状態になります。ますますよくある状態だと、、、思いませんか?

思ったように聞こえない時は、上記のように関係性が悪い=位相が悪い状態になっている可能性があるということです。

逆説的に、位相が悪い状態を排除していけば、自ずと、何もしなくても音が前に出てくるということなのです。普段聞いている音の中に位相が悪い状態は潜んでいます。全ては排除できないのですが、排除できるものを探してみましょう。

位相が良くない状態の弊害

位相が良くない状態は、モノラルに弱くなります。

リスナー全員が素晴らしいステレオや良いヘッドホンで聞いてくれれば良いのですが、世の中はそんなに甘くありません。どこで聞いても同じようなイメージで聞こえるよう仕上げるのがミキシングの腕の見せどころです。筆者は音の耐久性と呼んでいますが、プロとアマチュアの音で最も異なるのは耐久性だと考えています。

位相が悪い音源は、耐久性が無いのです。わかりやすく言えば、再生環境を選ぶということです。

モニターコントローラーに「モノラル機能」があれば、モノラルにして聞いてみましょう。位相が悪い=波の上下の位置関係が悪い音源をモノラル化すると、、、、おわかりですね。音が消えてしまいます。

実際にモノラルという状況は起こりえます。例えば、左右スピーカーが極度に近い場合、モノラル再生に近い聞こえ方になります。また、ショッピングセンターや公共施設など、天井スピーカーはステレオ再生になっていないことが多いのです。この場合L(またはR)のみ再生されている場合と、合成されている場合があります。合成されたらどうなるか、、、おわかりですね。

位相が悪い音源は、再生環境を選ぶ音源なのです。

位相が悪くなる3つの例

位相というのは勝手に悪くなりません。どんなことでも同じですが、人間が余計なことをするために関係性が悪化するのです(苦笑)。現実的に悪化する原因をいくつか紹介しましょう。

ステレオに広げすぎると位相が悪くなる

出来上がったステレオ音源のステレオ幅をコントロールするエフェクトとしてステレオ・イメージャーがあります。また、ステレオに広げるエフェクトとしてはフェイザーもありますね。これらの広げる系エフェクトは、2つの音の関係性を調整することでステレオ感をコントロールしていると考えてください。

シンセキックやシンセベースでステレオ感が強いものは要注意です。一見カッコよく聞こえますが、位相が悪いキックやベースは耐久性が著しく低くなります。自分の家でしか聞こえないキックやベースになってしまうのです。キック、ベースのステレオ感はほどほどに調整しましょう。

以下はMelda ProductionのMStereo Expanderというイメージャーを使用したところです。かんたんにステレオの広がりを作れるので重宝しますが、強くかけるとご覧の通り。音を聞いても強い違和感を感じます。

イメージャーやフェイザー、コーラス等々、ステレオ感が強くなるエフェクトを使った場合は色々な再生環境でよくチェックしてみましょう。ステレオ感を感じられる境界線までエフェクトを弱めておくのがポイントです。

イコライザーをかけすぎると位相が悪くなる

なんと。超定番エフェクトであるイコライザーをかけることでも位相が悪化します。

仕組みをざっくりと解説すると、イコライザーは音を小分けにして音量を調整した上で再合成するようなエフェクトです。イコライザーを操作した時に音が変化する帯域と変化しない帯域があるということになります。つまり、もともと一つになっていた音をわざわざ分解して関係性を悪くして再合成するということになるのです。

結果、イコライザーによって音が前に出なくなるという現象が起こります

すべてが悪ではなく、特にビンテージイコライザーなどは、その位相ずれ(位相歪と言います)すらもイコライザーのサウンドとして捉えられていることも多いです。「イコライザーで音が悪くなる可能性を知っておく」というのが重要だと考えます。

なるべくイコライザーをかけない方が音が良いのです。しかしイコライザーをかけずに済むことはほぼありません。起こる出来事を認識し、最低限で済ませるのが腕、ということになるでしょう。

なお、この位相ずれを排除したイコライザーがリニア・フェイズ・イコライザーと呼ばれるものです。位相は英語でPhase(フェイズ)。Linear(リニア)は直線の〜、入力に比例した出力の〜といった意味なので、位相変化の無いイコライザーだと考えれば良いでしょう。しかし全部リニアフェイズEQを使えばいいかというとそうでもないのが難しいところ。使用することでプリリンギングなどの弊害も起こります。EQの音質変化が気になる場合に使うリーサル・ウエポンだと考えれば良いでしょう。

以下のように、iZotope OzoneなどはリニアフェイズEQを搭載しています。ここぞという時は調整して位相ズレの無いイコライジングをすると良いでしょう。

そもそも録音する時に位相が悪くなる

「2つの音の関係性なので、ボーカル録音では関係ない!」

と思ったあなた。残念!関係あるんです。

録音というのは直接音が注目されますが、同時に間接音も録音されます。部屋でのボーカル録音で言えば、口から出て一直線にマイクに入るのが直接音、壁に跳ね返ってマイクに入るのが間接音です。

直接音と間接音のイメージ図
直接音と間接音のイメージ図

直接音と間接音、異なるマイクで異なるトラックに録音する訳ではありません。ひとつのトラックに合成して録音されます。

ということは、、、、合成されるときに直接音と間接音の関係性が合成音に影響を与えることになります。部屋を吸音(=デッド)した方が良いのはこのためです。直接音と間接音の音量差が小さいほど、合成時に強い影響が出ます。間接音が小さくなるほど影響が小さくなり、直接音主体の音になります。

本当に直接音だけなら、意外といい音なんですよ(*^^*)

試しに、反射が起こらないほど小さな声を録音してみてください。これがほぼ直接音だけの音です。結構、違いますよね。


ということで位相のお話でした。

重要なのは、位相のズレが音に悪影響を与える可能性があるということです。音作りがうまく行かない時は、イコライザーやコンプレッサー、プラグインを駆使して音を改善する前に、位相の良い音を目指してみてはいかがでしょうか。上記の通りイコライザーを使っただけでも位相が悪くなり、音に悪影響を与える場合があります。プラグインを外して位相について考える、音の関係性を見直してみるだけで音が良くなるかもしれません。

最後に、位相が悪いことはすべてが悪ではありません。聞いて違和感があるかどうか、再生環境を選ぶ音になってしまっているかどうかが重要です。聞いてOK、チェックしてOKなら、そのままでも大丈夫ですよ(*^^*)