生ドラムの音作り 奥義!位相合わせ 無料でできて効果抜群 [難しさ:ムズい vol.063] 叩いてみた/ミキシング

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生ドラムのミキシングの奥義とも言える技をご紹介。プラグインを使えばできる技なのですが、実は無料でもできますし、手動でやったほうが効果も大きいように思います。動画版もあり、動画では実際にリハーサルスタジオで録音された生ドラムの音をベースに解説を行っています。

動画で使っているドラムカラオケはアルファノートさんから発売されている森谷先生の教則本「動画でドラムひとり遊び! ドラマーが夢中で叩きたくなる人気曲レシピ【改訂版】」に収録されています。この本に収録されているドラムカラオケはYouTubeの叩いてみたにそのまま使える音源なので、ぜひ手に入れてみてください。

なお、全曲筆者がドラムレコーディング、ミキシングをさせていただきました。

また、動画のドラム音源は森谷先生のドラムスクール主催の公開レコーディングセミナーで収録されたものです。筆者が講師を努め、レコーディングさせていただきました。

セミナーで使用したマイクはこちらの記事で解説しています。

収録したドラム音源は権利の関係で配布ができませんので、ご自身で収録されたドラム音源を使って挑戦してみてください。

マルチマイクで録音するということ

奥義を理解するためには、ある程度仕組みを理解しておく必要があります。ドラムをマルチマイクで録音するということをタイミングという視点で考えてみましょう

音というのは発生してから空気を媒質として伝わってきます。

その速度は光よりも遥かに遅く、秒速[331.5 + 0.61t]mという公式で求められます。光よりも遥かに遅いという点がポイントで、目に見える範囲でも聞く場所による時間差が生じてしまうということを意味します。

ドラムに例えると、スネアの音を2つのマイクで録音した場合、マイクに到着する時間が異なるということです。

例えば気温(摂氏温度)20度とした場合はt=20となりますので、音速は秒速[331.5+0.6×20=343.5]mとなります。

これは10cmの距離を進むのに0.29ミリ秒(=0.29ms)必要なので、スネアに近いマイク(スネアから10cmの位置にあるマイク)には0.29msで音が届きます。

しかしトップ(オーバーヘッド)のマイクになると0.29msでは到着しません。スネアからの距離が150cmだとすると、4.36msもかかってしまいます。

これをそのまま再生すると、スネアの音が2つ再生されるということになります。スネアを「タン」と1回叩くと、「タタン」と2回になってしまうわけです。

マイクの数が増えれば増えるほどこの現象は複雑化し、音への影響も大きくなります。

位相とは

タイミングという観点から見てみましたが、もうひとつ、位相という観点からも見てみましょう。

音は波で表すことができ、その一周期を位相と呼びます。空気伝搬においては密と疎であり、電気においては+/-です。波の上下は相反するものなので、2つの音を重ねた時に上下が重なると打ち消されてしまいます。この状態を「逆位相=逆相(ぎゃくそう)」と呼びます。

逆相にならずとも2つの波の開始点がずれることで元の波とは異なる形に変化します。

前項のタイミングの話とあわせて考えると、1つの音を2つ以上のマイクで録音し、2つの音を重ねる時にタイミングがずれていると音に影響が出るということです。

奥義 位相あわせ

ここまでの説明でわかった人もいると思いますが、本記事で紹介する奥義とは、「マルチマイクで録音された音の位相・タイミングをあわせることで、録音された音のポテンシャルを最大限に引き出す」という技です。

スネアのトラックで基準点を作る

位相・タイミングを合わせると言っても、何かを基準にあわせる必要があります。ドラムセットにある複数のパーツから位相・タイミングの基準を1つ選ぶ必要があるのです。結論的にはスネアを基準にすると良い結果が得られます

1曲の中でなるべくスネアだけが鳴っている部分を探し、波形の開始点にマーキングします。スネアだけの場所がない場合は、ハイハット+スネア+バスドラムなどなるべく少ない場所で探してください。シンバル類の音が大きい箇所は避けてください。

場所を決めたら波形が細かく見えるくらいまでズームインしていきます。

この画像では、上からバスドラム、スネア、トップ(ステレオ)、ハイハットと並んでいます。

ズームしていくとスネアの音の開始点がずれていることがわかるでしょう。また、どの波形も下(マイナス側)からスタートしていることがわかります。

なお、バスドラムのトラックはあまりスネアの音が含まれていないので、この段階では無視してOKです。

基準点についてですが、トップのトラックに含まれるスネアの音の開始点が最も基準点に適していますので、ここにマーカーを打っておきましょう。この基準点に他のトラックの位置をあわせていきます。

位相反転を行う

タイミングをあわせる前に、位相の上下をあわせておきましょう。

位相の上下については、すべてのトラックで上下があっていればこのままでも効果は出ます。しかし研究の結果、音量は同じでも波形のスタートが上か下かで音の圧力が異なると感じています。波形の上というのはスピーカーで言うところの前への動き、マイナスは後ろへの動きです。最初の一撃がスピーカーを押してくる方がパワーのある音になると感じています。

ドラム類にマイクを立てて録音する場合、打面側からの録音では必然的に最初の波がマイナス側に動きます。

ということで、波形の上下を逆転し、波形のスタートがプラス側になるように変更しましょう。

ここでもまだバスドラムには手を付けていません。

タイミングをあわせる

最後に基準点に波形をあわせましょう

トップのトラックにあわせて他のトラックを遅らせるということです。正確にはトップのトラックにオンマイクのトラックをあわせます。部屋の音を録音しているマイク(アンビエンス)等のトラックは放置して大丈夫です。

以下のようになります。再生してみましょう。

驚くほど効果があるはずです。

必要な加工は音の反転のみなので、音質加工は全く必要ありません。しかし大きな効果があります。聞けばすぐにわかるほどの違いが出ますので、生ドラムを扱う人はぜひやってみてください。

バスドラムのタイミングと位相をあわせる

スネアの位相・タイミングをあわせたらバスドラムのタイミングをあわせましょう。これもトップのトラックにバスドラムをあわせていきます。

手順はスネアと同じです。

  • なるべくバスドラムだけが鳴っている場所を探して基準点を作る
  • バスドラムのトラックの波の開始点をトップのトラックにあわせる

タムのトラックもあわせる

タムのトラックも同様の方法で合わせましょう。タムのトラックをトップのトラックにあわせて遅らせます

以下のトラックは上からトップ、ハイタム、ミッドタム、フロアタムとなっており、図示しているのがハイタムです。ご覧の通り位相が上下逆でタイミングがずれていますので、スネア同様に合わせます。

ハイタム
ミッドタム
フロアタム

タムの響きがよくなることがおわかり頂けるでしょう。

これが生ドラム録音の奥義「位相あわせ」です。イコライザーもコンプレッサーも特殊なエフェクトも使わずに音を良くすることができます。正確には、音は悪くなっておらず、ポテンシャルが発揮されていない音を聞いていたので、ポテンシャルを出した、ということになるでしょう。

FAQ

色々と質問が出てくるでしょう。よくありそうな質問にお答えしておきます。

Q.複数のトラックで基準点がずれると結局スネアの響きが良くないのでは?

A.御名答、そのとおりです。これに気づいた方は本記事の話がかなりよく理解できていると思います。

どういうことかというと、例えばタムのトラックをタム基準で合わせてしまうと、タムのトラックに含まれるスネアの音の位置はずれたままになるのでは?ということです。そのとおりです。

結論的にはタムが鳴っている場所ではスネアの響きが良くない状態になるものの、大きな問題になりません。問題にならない条件としては、タムが鳴っていない場所でタムのトラックの音量が小さくなっている・ミュートされていることが条件です。音が出ていなければ干渉しません。

タムが鳴っているところではタムの方が音の優先順位が高いので、スネアの響きが良くなくても問題ないということになります。瞬間ごとにどの音を優先するかをよく考える、ということが大事ですね。

Q.あわせる場所が見つからない

A.これもよくあります。画像のように綺麗な場所が都合よく見つけることはあまりないかもしれません。また、波形が綺麗でないと判断しにくいと思います。このような場合はピッタリというのは難しいので、「だいたい」であわせて聞いてみましょう。音で判断していくのが良いです。

Q.シンバルは気にしなくて良いのか

A.あまり気にしなくて良いです。というのも、シンバルは周波数が高いため、音の波の周期が短く位相ズレの影響が軽微であるためです。これに対し低音というのは音の波の周期が大きいためにズレている場合の影響が甚大になります。
結果的に低音と演奏の重要性が高いバスドラムとスネアドラムを優先してあわせていくことになります。

技が開発された経緯

この技は、自分で考案しました。

僕が世界で最初という意味ではなく、他にもやっている人はたくさんいると思いますが、思いついた当時は誰に教えてもらったわけではなく、自分で考えたということです。

かなり昔から使っている技ですが、考案した当時はまだインターネットもそこまで発達しておらず、レコーディングノウハウは無料で手に入るようなものではありませんでした。スタジオにいるエンジニア同士でも細かい技を教え合うようなことはあまりなかったので、みんな独自の技を持っていました。

最高とは言い難い環境で毎日レコーディングしていたので、ドラムの音をよりよくするための何かを求めて毎日色々考えました。その中で、ある日突然思いついたのです。マルチマイクで録音されたスネアは、複数になっているのではないか、と。同時に再生されれば音量が大きくなるのではないか。むしろ、今まで聞いていた音は位相の影響で小さくなった、変わってしまった音を聞いていたのではないか、と、思いついたのです。

仕組みを知っていたからこそ考案できた技だと言えます。仕組みを理解していると、良いことがあるのです。

AIやチートプラグインは素晴らしいものですが、使うことで考えることを止めてしまうと、AIやチートプラグインがないと音を作れない人になってしまいます。音楽制作とはフルスクラッチで作り上げることがひとつの楽しみだと思っています。現代音楽においては芸術性もさることながら曲に含まれるストーリーも曲を構成する大きな要素になりますから、フルスクラッチで作り上げた曲はそれだけで価値があると思います。また、その過程は自動で作ることよりも楽しいのではないかと思います。

音のことを知り、背景を知り、仕組みを考えて音楽制作に取り組んでみてください。きっとAIやチートプラグインが教えてくれない発見があるはずです。

なお、筆者はAIやチートプラグインを使うことには肯定的です。それが時代であり適合していくことは生き残るために必要です。一方でAIやチートプラグインによる主な便益は時短であり、時短が必要なシチュエーションと、不要なシチュエーションがあると思っているのです。ゆっくりと時間をかけて作った音楽も、立派な歴史です。

ぜひ頭で考えて音と向き合ってみてください。楽しいですよ(*^^*)