マスタリングって何するの? マスタリングの基礎知識 〜GarageBandでマスタリング体験〜 [vol.039 難しさ:やさしい]
歌ってみたMIXでもマルチトラックミキシングでも耳にする「マスタリング」という作業。ミキシング・歌ってみたMIXをなんとなく理解できた人でもマスタリングという作業が実際に何をするのかよくわからないという方は多いのではないでしょうか。
それもそのはず、マスタリングは時代によってその姿を大きく変え、持っているイメージも人それぞれという、今なお進化の中にある作業なのです。本記事は、マスタリング作業の概要が理解できるような記事になっています。GarageBandを使ってのマスタリング体験もありますのでやってみてください。
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マスタリングとは「ミキシング後の仕上げ工程」である
一言で説明するなら
時代や人で定義が異なるのがマスタリングなのですが、あえて一言で、現代の状況を考慮してまとめるなら「異なる人間による仕上げ工程」ということができるでしょう。深い意味での「マスタリング」には様々な作業や考え方が含まれますが、マスタリングを知らない人に一言で説明するなら「仕上げ」と説明します。
「ミキシング(MIX)」は音楽制作者しか聞けない状態(カラオケとボーカル等、複数の音があり専用ソフトでしか聞けない状態)の音を、ステレオなどの誰でも聞ける形式に「混ぜる」工程でした。極論ではミキシングが完了していれば色々な人に聞いてもらう事ができます。
たくさんの人に聞いてもらいたい一方で、楽曲のリリースというのは怖いものでもあります。
自分の家ではカッコよく聞こえる曲が、他の人の再生環境できちんと再生できるかわかりません。音質的な意味でも、形式的な意味でも不安なものです。歪んでしまうかもしれないし、音のバランスが思っていたよりも悪いかもしれません。そもそも再生できないかもしれません。
そんな時にマスタリング。
ミキシングで完成した音源を異なる人の手で異なる環境でチェックし、最終調整を行う
これがマスタリングです。ミキシング済音源の完成度、何よりも音源としての安全性を高める作業がマスタリングだと解釈しています。マスタリングをした音源は、自信を持って「大丈夫」と言える状態になるのです。
異なる人、異なる環境がベスト
完成度と安全性を考慮すると、ミキシングとマスタリングは異なる人・異なる環境で行われるべきでしょう。
環境Aで見えなかった問題が環境Bでは見えるかもしれません。ミキシングをしたAさんとマスタリングをするBさんは異なる耳を持ち、異なる音を聞き取ることができます。確率論的に多くの環境と人を通った音源の方が安全であると言えるでしょう。
しかし実際にはミキシングとマスタリングが同じ人の手によって行われることは少なくありません。予算やスケジュール、作業効率、人脈、様々な要因が考えられます。実際筆者もミキシングとマスタリングを自分自身で行うことはよくあります。
もしミキシングとマスタリングを一人で行うのであれば、耳を切り替えて行う必要があります。異なる視点(耳)で音楽を聞くことができるならば1人で2つの作業を行っても良いと思いますが、理想は「ミキシングとマスタリングは異なる人・異なる環境で行われるべき」と覚えておきましょう。
ラーメンで例えると
作曲、編曲などの楽曲制作やミキシングにおいて、メンタルのイメージは「ラーメン屋の店主」で良いのです。「オレのラーメンはこう食え!」というスタンスです。ラーメン屋の店主のキャラに関するツッコミはお断りします(笑)。
これに対してマスタリングで必要なものは「ラーメン評論家」のイメージです。ラーメンのレビューを書きに来たつもりで分析し、世の中に存在する様々なラーメンと比較して、今目の前にあるラーメンを捉えます。
重要なのは、視点が異なるということなのです。同じ視点で音質調整するなら、ミキシングを2回やっているだけということになります。
マスタリング作業の流れ
実際のマスタリングではどのような作業が行われるのか、全体の概要を知っておきましょう。
以下赤色の部分がマスタリング工程です。「マスタリング」という言葉が難解なのは、これらのうち1つの作業を「マスタリング」と呼称することがあるためです。

特にCDマスタリングを体験していない方は理解が異なる傾向がありますので、世代を超えた会話は注意が必要だと感じます。※CDをあまり作らない時代になったので当然の変化だとも思います(^_^;)
もともとはCDマスタリング(プリマスタリング)から生まれてきた言葉なので、CDマスタリング工程を逆順で記述します。参考までに読んでみてください。
4.CDプレスのためのCDマスター作成、及び必要な情報を埋め込む作業
CD自体は誰でもご存知でしょう。CD(Compact Disc)は16bit/44.1kHzというフォーマットのデジタル音声が記録されたプラスチックの円盤です。パソコンで作成できる「CD-R」と異なり自宅での作成は不可能。プレス工場で作成され、保存性も高く、音楽のリリースに最適な媒体として愛されてきました。音楽CDの規格は正確にはCD-DA(Conpact Disc Digital Audio)と言います。
CDプレス工場に送って大量生産(プレス)の元データとなるのがCDマスター。CDマスターには音以外にも様々な情報が記録されており、マスタリング作業において書き込まれます。メジャークラスのCDでは音源ごとにISRC(International Standard Recording Code)という番号が割り振られており、マスターに記録されます。製品バーコードでおなじみのJANコードが記録されることもあります。
CDマスターは過去はPMCDというCD-R形式でしたが、現在はDDP(Disc Description Protcol)というデジタルデータ形式が主流です。(その前はU-MATICという、、、以下略w)
3.CDの曲ごとの開始位置・終了位置及び曲間の調整(TOC情報)
CDでは曲ごとに頭の位置と終了位置が指定され、CD冒頭のTOCエリア(Table of Contents)に情報が書き込まれています。CDプレーヤーはTOC情報を正常に読み込んで始めて正常に再生することができます。レッドブックという規格書で定められており、この規格に準拠してTOC情報の指定を行います。

2.楽曲ごとの音質・音量調整
CDは1枚に複数の曲が収録されますが、多くの場合それぞれの曲は異なる時期に、異なるスタジオで、異なる人によって制作されます。結果、音質や音量に違いが出てきます。CDに収録され一連の作品として違和感が無いよう、楽曲ごとの音質差・音量差を調整します。

1-1.楽曲ごとの高音質化やノイズ処理
ミキシングと異なる環境、異なる視点で仕上げの音質調整を行うことで、より品質の高い作品とすることができます。また、ノイズが含まれる場合はノイズ処理を行うこともあります。
多くの場合はデジタルデータであるマスター音源を一度アナログに戻し、アナログアウトボード(エフェクター等)で音質調整をした後に再度デジタル化し、後段の処理の下準備をします。最高の出来栄えと思われるミキシング済音源が、さらに「いい音」と思える音に昇華されるのがこの工程です。
近年は上記1-1の作業だけを指してマスタリングと呼称することが非常に多いのです。
それはそれで時代の変化なので良いと思いますが、「マスタリング」という言葉にはもともと色々な作業が含まれているということを知っておく方が良いでしょう。筆者の場合、「マスタリングできますか?」と相手に聞いたらCDマスタリングを指しています。「できます!」と答えられたらCDマスタリングを発注してしまいます。CDマスタリングを頼まれそうな相手なら、マスタリングの範囲を確認してから話をすすめるほうが良いですね。
1-2.各プラットフォームに対応したマスター音源の作成
CDマスタリングの場合は上記1-1から2に進みますが、近年はアルバムという複数曲ではなく単曲リリースが増えたこと、また、公開するプラットフォームがYouTube/Spotify等々複数の場所であることから、音質調整後に各プラットフォームに適した調整を行い、それぞれのマスターファイルを作成する工程に進みます。
マスタリングを扱う場合はフォーマットに関する知識は網羅しておく必要があるでしょう。以下の記事でフォーマットの基礎知識を扱っています。
かんたんなマスタリングをやってみよう
色々と説明をしてきましたが、百聞は一聴に如かず。GarageBandを使って簡単なマスタリングを体験してみましょう。もちろん細かい調整まではお伝えできませんが、流れと意味は理解できると思います。
また、マスタリングを知ることでミキシングが変わります。ミキシングで何をすべきか肌で感じることが出来ますので、ミキシングが上達したい人はぜひマスタリングをやってみてください。
曲の用意と読み込み、下準備
まずは3〜4曲ほど、お好みの楽曲のデータを用意してください。できれば非圧縮WAV形式が好ましいです。
GarageBandで新しいプロジェクトを作成し、用意した楽曲をインポート(読み込み)します。曲ごとに異なるトラックに並べましょう。4曲用意したなら4つのトラックということになります。

続いて曲の位置をずらして同時に曲が再生されないようにします。

準備の最後はメーターの用意です。マスタートラックにラウドネスメーターとVUメーターを挿入してください。順番はどちらでも良いですが、迷ったらVUメーター→ラウドネスメーターの順番でOKです。


それぞれ以下のメータープラグインは無料です。ぜひインストールしておいてください。
この段階ではメーターの読み方は正確に知らなくても良いです。メーターというのは、たくさんの音をメーターを通じて見ることに意味があるので、メーターを見ながら音楽を聞く時間を増やすことを心がけましょう。とにかくメーターを見ておいてください。
- ラウドネスメーター:MeldaProduction MLoudnessAnalyzer
- VUメーター:TBProAudio mvMeter2
MLoudnessAnalyzerのインストールに関して書かれた記事↓
では、やってみましょう!
音量を揃える
まずは楽曲間の音量を揃えます。
ある程度音質や音量は揃っていないと聞きにくくなってしまいますし、作品としての統一感がなくなります。異なる時期、異なる環境、そして異なる人。作った状況が異なることで、予想以上に音質や音量は異なってくるものです。
作業は簡単。各トラックのボリュームフェーダーで音量を揃えます。このとき、最も小さい音量の曲はフェーダーを0dBに。音量の大きい曲を下げて調整します。音量を上げて調整すると歪んでしまいます。

異なるスピーカー、異なるヘッドホンなど、再生環境を変えて何度かやってみてください。すべての環境で完全に納得できるセッティングは出ないと思いますので、8割程度妥協できるボリュームバランスを探しましょう。
コツはすべて聞かずにサビの部分だけ瞬間的に聞いて判断していくことです。長く聞いているとその曲に耳が慣らされてしまい、判断しにくくなります。
なお、正確には音量というより音圧、聞こえ方を合わせるという方が正しいでしょう。ボーカル主体のアルバムであればボーカルが同じくらいに聞こえるように調整します。
音圧を適正化する
続いてマキシマイザーを使ってピーク音量と全体の音圧を調整します。GarageBandではマキシマイザーが無いので、[Limiter]プラグインを使いましょう。もちろんお持ちのマキシマイザーを使っていただいても構いません。

※音量と音圧:音量と言った場合は、数値で示される音量の絶対値(ピーク値、トゥルーピーク値)を指していることが多いです。一方音圧といった場合は実際に聞こえる音量のことを指しており、ラウドネス値で表されます。気温と体感温度のような関係です。
ラウドネスメーターを見ながら、サビの時にMomentary Loudessが-12LUFS付近で動くように調整します。

先程の音量調整で小さい曲に合わせたので、全体の音量が下がってしまっているはずです。この下がった分を補完するイメージでリミッター(マキシマイザー)で音圧をアップしましょう。適正な音圧は最終形態(YouTubeかCDか、など)によって異なります。YouTubeの場合はあまり音圧を上げる必要がありません。
イコライザーで音質を調整する
最後に曲ごとの音質を調整しましょう。並べて聞いてみると思いの外音質が違うもので、完璧!と思って仕上げた音源もマスタリングで並べてみると調整したくなってきます。
ポイントはリスナーの視点。
並べて聞いてみて違和感の無い範囲に低音、高音の出方を調整してみましょう。
真面目に細かくEQを切っても(イコライザーをかけても)良いのですが、ここでは低域と高域はシェルビングイコライザーで、中域はピーキングイコライザーで。3つ(3ポイント)くらいの簡単なイコライジングで調整してみましょう。

繰り返して完成
音量調整〜マキシマイザー調整〜イコライジングの工程は何回か繰り返してクオリティアップを図ります。
もう修正する必要がないところまで来たら完成です。通しで(最初から最後まで)聞いてチェックしましょう。
マスタリングの作業の流れはご理解いただけましたでしょうか。
重要なのは、完成しているものを改めて聞くことなのです。自分でミキシングした曲を並べると自分のミキシングの癖や良いところ、悪いところが見えてくると思います。マスタリングで感じたことをミキシングに落としていけばクオリティアップは間違い無いでしょう。
ミキシングやマスタリングの作業で重要なスキルは、「客観的に聞くスイッチを持っていること」なのです。このスイッチを自在にON/OFFできることで愛される音を作っていくことができます。ON/OFFを緻密にコントロールできれば前衛的な作品、保守的な作品と作り分けることができます。
曲を並べて聴くことから得るものは多いので、ぜひ挑戦してみてください。