市原ひかりさん(tp)+石田衛さん(pf)+宮川純さん(org/pf)トリオ Days of Delight Atelier Concert録音記
すでに何作手掛けたでしょう、岡本太郎記念館のアトリエという特別な場所で録音されるAtelier Concertシリーズ。岡本太郎さんが実際に制作をしていたアトリエで奏でられるジャズを収録し、その雰囲気をお伝えしています。
何回も通っているうちにこの空間から放出されるエネルギーを受け取る量が多くなってきた気がします。ミュージシャンの方々も岡本太郎さんの作品に囲まれるとパワーを感じ、インスパイアされると仰っています。これだけ主張が強い芸術作品に囲まれるのに、なぜかとても落ち着く空間。それが岡本太郎さんのアトリエです。
今回紹介するのはこちらの動画の収録です。
録音した人間の視点から、録音の様子と工夫、方法などご紹介していきます。
目次
メンバーと配置
構成は市原ひかりさん(tp)+石田衛さん(pf)+宮川純さん(org/pf)のお三方。ソロもあれば二人も三人の曲もあります。
全体の配置はこのようになっています。
演奏の障害にならない程度に楽器と楽器の距離を空けていただきました。狭い空間のライブ録音では各楽器のかぶりを排除することは不可能です。響き、雰囲気を音に収めることを考えると、むしろかぶりが欲しいくらい。
しかしかぶりの音が大きすぎるとミキシング時の音量や音質のコントロールが困難になります。
程よいかぶり具合を求めて配置と向きを修正していただきました。
オルガンとレスリースピーカーへのマイキング
この中では電気を使うオルガンのレスリースピーカーがもっとも大きな音量になりますので、いちばん奥に配置してもらいました。レスリーは復刻の2101。筆者も3回くらい借りて使いましたが、垂涎の1台です。
レスリーへのマイキングはホーン(高音用)に2本、ウーハーに1本。ホーン用の2本はミキシング時には片側だけ使いました。
ウーハーの開口部は裏にありますので、バスドラム用のマイクを使って音を拾っています。
バスドラム用のマイクというのは結構有用で、低音のブーンという感じが欲しい時はバスドラム以外でも積極的に使用しています。僕が愛用しているのはbeyerdynamic TG d70というマイクです。もう廃盤らしい。。。現在はもう少し安価なモデルが販売されているようです。
ピアノ(STEINBERG BERLIN)へのマイキング
ピアノは国内に数台しか無いという現存していることすら貴重なSTEINBERG BERLINのアップライトピアノ。
古いもので軋みを始め色々な音がするのですが、それもまた一興。しかし演奏以外の音は音楽を聞いていて気にならない程度にとどめたい。かつ、他の楽器のかぶりをほどよく排除したい。
アタック音を拾うために表(上)からも録っていますが、このマイクは結局のところ使っていません(音源では再生していません)。
たどり着いたのが裏です。アップライトピアノは背面板が鳴る楽器なので、裏から聞いてもも良い音がすることが多いです。(もちろんピアノによると思いますが)
裏側にAKG C214をステレオで設置。さすがに壁からの距離が近いのでリフレクションフィルターを入れています。これは効果絶大でした。無い場合は当然壁からの反射が強く入ってしまいます。
高さは真ん中よりやや下くらいにセット。耳で聞いて決めました。左右位置については楽曲によって使う場所が異なりますので、楽曲次第ではあります。高音弦に近いほうが当然高音の音量を大きくできるので、やや左寄りに設置しました。
もう少し広い空間にピアノを置ければさらに良い鳴りが録れそうです。
トランペットへのマイキング
最後はトランペット。マイクはLEWITT LCT940です。
距離はやや離れめの30-40cm程度。高音部で音が張った時の耳あたりがよくなかったので、少し離して設置しました。
LCT940はLEWITTのフラッグシップもといえる真空管/FETのコンデンサーマイクで、金管には本当によく合います。金管を録る場合は高音のきらびやかさ、ブワっという質感と、中低域の迫力のバランスが重要だと思っています。POPSアンサンブルにうずめるのであれば高域が綺麗にあればなんとかなるのですが、ソロだとそうもいきません。
中低域と高域の両方が気持ちよく存在し、太さが出て欲しい。ということで真空管のLCT940登場です。中低域の骨太なニュアンスがトランペットの中低域を補完してソロでも説得力のある音になりました。市原ひかりさんの乾きつつも美しい音色を捉えられたのではないかと思います。
以下の写真のようにPSU(電源ユニット)に専用のケーブルで接続します。指向性と真空管/FETのバランス切り替えはPSUで行います。以下の写真ではTUBE/FETが真ん中になっていますが、最終的には完全に真空管側に振った設定にしました。
※真空管側のニュアンスがとても良かったので、後日真空管/FET切り替えのないLCT840を購入しました。
ホールの雰囲気をどうやって収録するか
この収録ではこのアトリエに雰囲気をいかに録音するかが肝です。ただ「いい音」で録ったところでスタジオで録音した音と同じになってしまって、ここで収録する意味がありません。この岡本太郎さんのアトリエという不思議な空間にインスパイアされて生まれた音を録りたいので、色々なホール収録方法を試しています。
今回はこちら。LEWITT LCT640TS。
このマイクはモノでも使用できますが、2つの信号を出力することができ、後で専用のプラグインを使って指向特性を変えて使えるという変わったマイクです。1本でステレオマイクとして使えます。録音時に色々試しますが、何が良いのかというのは結局のところ混ぜて、リリースしてみて始めて納得がいくものです。
この段階では決めきれないところがあったので、後から可変できるLCT 640TSを使いました。横から生えている専用ケーブルが二つ目の信号の出力ケーブルです。ホルダーごしにうまく挿さらないので、逆さまにして使っています。
結局のところ全指向性の音を使いました。
このホールの録音はライブとスタジオの間。どちらが前というのが決められないのが難しい。どちらが前か決められないけど、聞いている人にはライブっぽい臨場感を味わってもらいたい。そう思って配置を作っています。
LCT 640TSは写真のようにピアノ寄りに配置。
この編成、難しいのがピアノの音がいちばん小さいということです。いかんせん古いピアノですし、大きな音がするグランドとはコンセプトも異なります。それが悪いということではなくて、音が小さいのピアノなのです。
マイクの位置で全体の音量バランス、かぶりの度合いを調整して録音します。
結果、ホールの音を拾うLCT 640TSはかなりピアノ寄りの配置になりました。この位置だとトランペットからの距離があるので、程よく部屋の音が響いて良い感じになりました。
林のようにマイクを立てる手法もありますが、筆者、歳を重ねるごとにマイクの本数が減る傾向にあります(笑)。結局のところ、演奏がいい場合はマイクをきっちり立てて再生するトラック数を少なくした方がリアリティが出てくるというのが最近の持論です。
ホールのステレオマイクのみというのも雰囲気があってなかなか。しかし、スタジオ録音のパキっとした音に慣れた世の中に、ステレオワンポイントの音では理解を得るのが大変です。結果、ホールマイクにオンマイクを足していくようなニュアンスで使うことが多いです。
昔は林を通り越して森みたいにたくさん立てましたけどね(笑)。
収録システムはProTools x TASCAM US-20×20
もう1曲聞いてみてください。最高なブルースです(^o^)
収録システムはProTools x TASCAM US-20×20です。
普段はTASCAM HS-P82を使用していますが、機材の関係でこの日はProToolsになりました。US-20×20のマイクプリは侮ってはいけません。僕が企画開発に参画した製品なので親バカになりますが、とても音がいいです。それは動画を観ていただければわかると思います。
この録音は本当に楽しかった。
同室録音は不思議な魅力があって、気持ちよさが違うんです。やはりアーティストと同じ部屋、同じ空間にいるというのは何か感じるものがあります。ブルースの録音中は気持ちよすぎて寝てしまいそうでした(笑)。
では最後にもう1曲どうぞ。
▼市原ひかりさんの最新作「ANTHEM」
▼石田衛さんと宮川純さんのデュオライブ「Live at Our Delight」
(この作品はレコーデイング、ミキシングを僕が手掛けています)
https://daysofdelight-music.amebaownd.com/posts/16459996
追伸。
荷物はこのくらいです。苦笑
ミキシングを中心にレコーディングからマスタリングまで手がけるマルチクリエイター。一般社団法人日本歌ってみたMIX師協会代表理事、合同会社SoundWorksK Marketing代表社員。2021年よりYouTubeチャンネル「SoundWorksKミキシング講座」を展開中。過去には音響機器メーカーTASCAM、音楽SNSサービスnanaのマーケティングに従事。