コンプレッサーの強さを簡単に調整する方法 〜パラレルコンプレッションの解説〜[難しさ:ふつう vol.115]
ミキシング3種の神器のひとつにも数えられる重要なエフェクト、コンプレッサー。使いこなすのが難しいエフェクトとされますが、その理由のひとつは、かけすぎると不自然さが強く現れるうえに元音源の抑揚が失われてしまうためです。この記事では、コンプレッサーの強さを簡単にコントロールする手法である「パラレルコンプレッション」を紹介します。
動画版はこちら
準備とデータ
この記事・動画で使用しているカラオケ+ボーカルの音源とプラグインのプリセットデータを以下で販売しています。同じ設定にしてしっかりと効果を体感し、スキルアップを目指しましょう。
インスト(カラオケ)とボーカルのデータを用意し、ボーカルトラックに対しコンプレッサーをかけていきます。販売データの場合は、インストファイル[115_Inst]と、ボーカルファイル[115_Vocal-dry]をインポートして、それぞれのフェーダーを以下のように設定しておきます。
- インスト[115_Inst]の音量:-8dB
- ボーカルの音量[115_Vocal-dry]:0dB
※動画においては、聞きやすくするためにマスタートラックにマキシマイザーを使用しています。Waves L1 Ultramaximizerを使用していますので、お好みで「L1-115」プリセットを使用してください。
使用しているコンプレッサーは一例ですので、同じようなコンプレッサーであればなんでも使用できます。DAW標準のコンプでも可能ですので、お持ちのコンプから使いやすいものを選んでください。
パラレルコンプレッションとは? まずは体感する
パラレルコンプレッションと言うと難しく感じますが、仕組みは空間系エフェクトのDRY/WETパラメーター(またはMIXパラメーター)と同じ。コンプレッサーがかかった音とかかっていない音を混ぜることで、かかり具合をコントロールするものです。
比較的新しい手法なので、古いコンプレッサーにはDRY/WETパラメーターがありません。最初からDRY/WETパラメーターが装備されている近年のコンプレッサーを使うと便利です。ここではWaves CLA-76を使用してみましょう。CLA-76では「MIX」がDRY/WET調整に相当します。
まずはボーカルに対して強めにコンプレッションをかけます。耳で聞いて「かけすぎ」だと思える設定にしてみましょう。販売データのプリセットでは、「CLA-76_115-1」を使用します。
この状態から、MIXつまみを50%程度まで下げてみるといかがでしょうか(DRY50% / WET50%)。コンプレッサーの「かけすぎ感」が弱まるのがわかると思います。
なお、DRYはもともとの音、WETはエフェクト音のことを意味しています。
さらにMIXを0%(=DRY100%)にしてみましょう。0%(=DRY100%)というのは、エフェクト(コンプレッサー)がかかっていない音を意味しています。ボーカルトラックにコンプレッサーをインサートしていますが、エフェクトがかかっていない状態、ということになります。
※厳密には、エフェクトによっては通しただけで音が変化する場合もあります。この場合は、DRY100%にするとコンプレッションはされないものの、原音と異なる音が出力されます。
このように、DRY/WETの調整によりコンプレッサーの強さを簡単にコントロールすることができます。
従来はWET100%の状態でコンプレッサーのパラメーターを調整して自然に聞こえる設定を作っていましたが、熟練したテクニックが必要でした。パラレルコンプレッションは、つまみひとつで強さをコントロールできるので、簡単に調整をすることができます。
筆者はWET100%で設定を行い、ミキシングの過程で10%ずつ下げて最適値を探すことが多いです。70%〜80%程度で落ち着くことが多いです。
実用的には以下のような設定になりました。WET100%でそのまま使える設定を行い、そこからDRY/WETを調整しました。コンプ感もありつつ、違和感のない設定です。音圧感のあるミキシングにしたい場合は、コンプ感の強い設定も有効ですから、強めの設定からパラレルコンプレッションで調整するのは有効な調整方法です。
プリセット:CLA-76_115-2
このように、パラレルコンプレッションとは、「コンプがかかった音」と「コンプがかかっていない音」を混ぜることで、コンプレッサーのかかり具合を簡単かつ的確に調整するためのテクニックです。「コンプがかかった音」と「コンプがかかっていない音」の2つの音を使うので「パラレル(=並列)」なのです。
パラレルコンプレッションの効果を理解する
続いては、実際どのようなことが起こっているのか理解しておきましょう。内容を理解することで、様々なシチュエーションに対応できるようになります。
以下の画像の下のファイルは[プリセット:115_CLA-76設定例1]の設定でWaves CLA-76コンプレッサーをかけたボーカルデータです。販売データの中では、[115_Vocal-wet]というファイルですのでインポートしてみましょう。
エフェクト前の音である[115_Vocal-dry](上段)と比較すると、大きい部分が抑え込まれて全体的に平坦になっているのがわかります。50秒付近の、「心の蓋開けたら」の「たら」の部分(下の画像)では、波形の上が切り取られたようになっているのがわかります。
これはコンプレッサーによって抑え込まれているためです。「抑揚がなくなった」とも言えますし、「大音量がうまく抑え込まれた」とも捉えられます。音量を抑える意味でコンプを使ったのであれば成功ですが、音質変化を狙ったのであれば抑揚が失われる影響の方が大きいでしょう。
MIXを操作してDRY比率を上げていくということは、ドライ音である[115_Vocal-dry]に近づいていくということです。したがって、以下のような出来事が起こります。
DRY比率を上げる・・・立ち上がりが鋭くなり、抑揚が大きくなる
DRY比率を上げる・・・音量の大きい部分が抑え込めなくなる
つまり、大音量を抑え込む目的でコンプレッサーを使っていた場合、パラレルコンプレッションによってDRY比率を上げることで、目的を果たせなくなる可能性があります。
このようにコンプレッサーの効果を弱める手法でもありますから、コンプレッサーをかける目的をよく整理しておかないと、意味のないエフェクト設定を行う危険性があります。よく理解して使用しましょう。
MIX機能を使わずにパラレルコンプレッションを行う方法
最後に、DRY/WETが装備されていないコンプレッサーでパラレルコンプレッションを行う方法を紹介しましょう。これが理解できればパラレルコンプレッションの仕組みを理解できたと考えて良いと思います。
簡単に言えば、DRYとWETの音を混ぜれば良いわけですから、DRYとWETのトラックを用意すれば良いのです。
DAWによって方法は異なりますが、ProToolsを例に考え方を説明します。
まずは、信号を分岐してDRY/WETのトラックをそれぞれ作ります。モノラルのAUXバス(グループ等)を2つ作成し、それぞれVocal DRY/Vocal Wetとします。ボーカルの音をそれぞれのトラックに送ります。
続いては、さらにAUXバスを追加し、DRYとWETを混ぜるためのトラックを作ります。新たに作成したAUXバスをVocal MIXとして、Vocal DRY/Vocal Wetの出力を接続します。
<説明図>
ここまでくれば簡単です。
Vocal DRYの音量を-∞(最小)に設定したうえで、Vocal Wetにコンプレッサーをかけましょう。どんなコンプレッサーでも構いませんので、強めにかけてみましょう。
以下では筆者が愛用するSonnox Oxford Dynamicsコンプレッサーを使用しています。Oxford DynamicsはDRY/WET調整ができませんが、この手法を用いればパラレルコンプレッションを行うことができます。
プリセットは[OXF-D_115]を使用しています。
プリセット:OXF-D_115
この状態ではWET100%の状態となりますから、Vocal DRYトラックの音量を少しづつ上げていきます。コンプ感が変わっていくのがおわかりいただけるでしょう。以下のようなボリューム設定にしてみました。
- インスト[115_Inst]の音量:-8dB
- ボーカル元データのトラック[115_Vocal-dry]:0dB
- Vocal DRY:-8.0dB
- Vocal WET:-6.0dB
- Vocal MIX:0dB
このように、DAWミキサーのバス設定を活用することで、DRY/WETがなくてもパラレルコンプレッションが可能です。2つのトラックを並列に使って混ぜるので、「パラレル」コンプレッションなのです。
なお、この方法ではDRY/WETつまみのように比率をスムーズに調整することはできません。WETにDRYを足していくような使い方になり、DRY/WETつまみとはまた少し違った変化を感じることができます。MIXつまみ型ではなく2トラック使用型の方が扱いやすいという人も多いです。
好きな方法でパラレルコンプレッションを使っていくと良いでしょう。
さて、いかがだったでしょうか。現代はオートメーションや自動制御、マキシマイザーによる先読み制御が発達したため、音量を抑え込む目的のコンプは需要が下がっていると言えます。つまり、コンプで音量を抑え込まなくても良いので、パラレルコンプレッションによって音色をコントロールすることを中心とした使い方が発達したのだと思います。
筆者お勧めのパラレルコンプレッション可能なコンプレッサー(DRY/WETがあるコンプレッサー)は、Waves H-Compと、Voosteq Model N Channelです。使ってみてください。
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ミキシングを中心にレコーディングからマスタリングまで手がけるマルチクリエイター。一般社団法人日本歌ってみたMIX師協会代表理事、合同会社SoundWorksK Marketing代表社員。2021年よりYouTubeチャンネル「SoundWorksKミキシング講座」を展開中。過去には音響機器メーカーTASCAM、音楽SNSサービスnanaのマーケティングに従事。