生アコギ(アコースティックギター)の音作りマルチマイク(マイク4本)編 [vol.036 難しさ:難しい]
前回の記事ではマイク1本で録音した生アコースティックギターの音作りの流れを説明しましたが、今回はマイク4本。マルチマイクという手法で録音したアコースティックギターの音を混ぜてみたいと思います。
前回の記事↓
マルチマイクでも基本的な流れは同じですが、マイクの本数=音の数が増えることで扱いが難しくなります。
この記事で使用しているアコースティックギターの音源は以下でダウンロード販売していますので、アコギの生音を扱ってみたい人はぜひ使ってみてください。
動画版はこちら↓
目次
サンプル音源(データ)の説明
今回のデータは6種類のサンプルが入っており、sample1〜3はマルチマイク、4〜6はシングルマイクという構成です。今回の記事ではSample1を使います。

1〜3のサンプルをDAWにインポート(読み込み)すると以下のように(ステレオトラックx1、モノラルトラックx2)x3という構造になっています。以下の画像のように、時間軸をずらして配置してもらうと遊びやすいと思います。

レコーデイング方法
Sample1は以下のセッティングで録音しています。オンマイク(近くのマイク)はSENNHEISER MK 8とMK 4、オフマイクにステレオX-Y方式のAKG C480B Comb ULS61です。

オンマイクの2本は以下のようなセッティングです。ギター本体からは20〜25cm程度の距離をあけ、MK 8はサウンドホールのややネック寄り、MK 4はブリッジ付近を狙っています。
SENNHEISER MK 8はセンター SENNHEISER MK 4はブリッジ ギターからの距離は20-25cm
Sample2はSample1の逆パターンで、AKG C480B Comb ULS61がセンターとブリッジのオンマイク、SENNHEISER MK 4を2本使ってオフマイクのステレオトラックを構成しています。Sample3はSample2と同じセッティングですが、アルペジオ録音です。
今回の記事ではSample1のみ使用します。2と3はご自身のミキシングの練習素材としてお使いください。
グループチャンネルでまとめる
ステレオx1とモノラルx2で同じ演奏のトラックですので、扱いやすくするためにグループチャンネル(バス)にまとめましょう。
Cubaseの場合は、まとめたいトラックを選択した状態で[右クリック>トラックを追加>選択チャンネルにグループチャンネル…]で作成できます。

基本的な概念は前回のシングルトラックの場合と同じで「音を綺麗に整えてから好みの音を作る」という流れです。マルチマイクの場合はマイクごとのトラックで音を整え、グループチャンネル(バス)で音を作るというように考えると扱いやすいでしょう。
- マイクごとのトラック:不要帯域のカット(EQ)、音量の均一化(コンプ)
- グループチャンネル(バス):音の質感の調整、帯域バランスの調整
グループチャンネルを作ったらまずはグループチャンネルでレベルオーバーにならないように、マイクごとの音量を調整してください。

3つのトラックをそれぞれソロ再生で聞くと音の違いがよくわかると思います。
聞いていただくとわかるのですが、〜center(SENNHEISER MK 8)のマイクがスッキリしていて良い音なので、今回はsideマイク(MK 4)をメインとして扱い、centerマイク(MK 8)とoffマイク(C480B)をサブとして扱っていきます。
不要な音のカットと音量の均一化
不要音のカット
まずはシングルマイク同様に、EQで不要音のカットをしましょう。
3つのトラックをすべて再生しているとどのトラックの音かわからなくなりますので、各トラックをソロ再生しながらEQをかけましょう。メインのトラックとなる〜centerのトラックから調整します。
再生して聞いてみると、気になる中域の鳴り(フォンフォン聞こえる音の溜まり場)と、低域に必要以上に音がいることが気になりましたので、以下のようなイコライジング(EQをかけること)をしました。
- 中域カット:893.4Hz/-8.5dB/Q=4.1
- 低域カット:LCF, 75.7Hz
数字が端数になるのは数字を見ないで音を聞きながらイコライジングするためにこういう数値になります。

EQポイントを探す場合は、「Qを狭くする→ブーストする→周波数を動かす」という手順で気になる音が溜まっている場所を探します。
イコライザーとコンプレッサーの順番
続いて音量感を整えましょう。
アコギソロ音源など、ダイナミックレンジ(音の大小の幅)を維持したい、維持したままで音が聞こえる場合は無理に音量を揃えるためのコンプレッサーをかける必要はありません。しかし、パート数が多い、他の楽器がいる場合は、音量感を整えないと他の楽器に負けて全く聞こえなくなってしまいます。
まずは音のピークだけ潰すようなイメージでコンプレッサーをかけてみましょう。
気にしていただきたいのがコンプレッサーをかける場所について(前回同様)。EQで音を整えたので、EQの後段にコンプレッサーをかけたいのですが、Cubaseの標準イコライザーを使っているとちょっとした問題が出ます。
Cubaseでは以下のような順番でエフェクトがかかるのですが、標準EQの後にコンプレッサーをかけようとするとInsertスロットのPostを使うしか方法がありません。しかし、InsertスロットのPostを使うとフェーダーの位置の影響を受けてしまうのです。フェーダーを下げるとInsertスロット(Post)に来る音量も下がってしまうのです。
Insertスロットのプラグイン(Pre)→Channel Stripのエフェクト→フェーダー→Insertスロットのプラグイン(Post)
解決策は以下の方法になります。
- フェーダーを操作するとInsertスロット(Post)の音量も変わることを意識しつつPostでコンプレッサーを使う
- 標準EQをやめて、Insertスロットで別のイコライザーを使う→スロット内なら順番変更できる
- CubaseのChannel Strip機能を使い、標準コンプレッサーを使う
今回は3番の方法を使ってみます。
[Channel Strip]を選択し、[Comp]の中からコンプレッサーを選択。今回は標準コンプレッサー[Standard Compressor]を選びます。

続いてイコライザーとコンプレッサーの順番を逆にしましょう。これでイコライザーの後にコンプレッサーが来るようになりました。

他のDAWでも同じようなことができますが、重要なのはエフェクトの順番を意識することです。逆でも同じ結果が得られるかと思いきや、違う音になります。
コンプレッサーでの音量調整
音量感を揃えるためのコンプレッサーであって音質を変化させたいわけではありません。大きな音のところを確実に圧縮することが目的です。ということは、レシオは大きめ、アタックも速めという設定になります。以下のようなセッテイングになりました。
- レシオ:5.29:1・・・5:1以上にするときっちり大音量を抑えます。
- アタックタイム:5.0ms・・・遅くすると大音量にコンプがかかりません。5-10ms程度で良いでしょう。
- リリースタイム:10ms・・・速めのリリースにすると瞬間的な動作になります。100ms以下で様子を見ましょう。

他のマイクも同様に調整
ブリッジ付近を狙ったsideマイク(SENNHEISER MK 4)も同様に調整しましょう。
同じギター、同じ部屋、オンマイクであれば基本的には似たような傾向の音になりますから、コピー・ペーストから初めて時短を図っても良いでしょう。以下のようなセッティングになりました。
コンプレッサーの設定はスレッショルド、MAKE UP(OUTPUT)の設定が異なるのみで同じです。役割が同じなので、レシオやアタックタイムなどは同じような設定で問題ないのです。
イコライザーに関してはカットするポイントが1箇所ふえており、低域もブーミー(多いという意味)だったので多めにカットしています。
- 中域カット1:402.5Hz/-9.6dB/Q=4.1
- 中域カット2:893.4Hz/-12.8dB/Q=3.5
- 低域カット:LCF, 171.9Hz
中域カット1は追加したポイントですが、中域カット2はcenterマイクと同じ周波数をカットしています。このギターと部屋の特徴なのでしょう。
同様にオフマイクも整えましょう。オフマイクの場合もまずはオンマイクと同じように考えて、同じような処理をして大丈夫です。
コンプレッサーはやや弱めにかけています。オフマイクの場合はコンプレッサーの設定が難しく、コンプのうねりが出やすいため弱めにかけると良いでしょう。
イコライザーも考え方は同じですが、超高域の11.3kHz(=11351Hz)をカットしており、これはオンマイクにはなかったポイントです。
音量バランスとパンニング
ぶつかる低域のカット調整
各トラックの音が整ったら、フェーダーで音量調整をしてみましょう。
まずは全てのトラックの音量を下げます。
メインのcenterマイク(SENNHEISER MK 8)トラックだけ音量を上げていきましょう。続いてoffマイク(AKG C480B)の音量を上げていきます。部屋の雰囲気をたしていくようなイメージでoffマイクを上げていきましょう。

すると、ソロで聞いていた時よりも低域がはっきり聞こえないという現象を体感できると思います。
sideのマイクとoffマイク、それぞれ低域を強く拾っていたため、打ち消し合ってしまったのです。対策としては、offマイクの低域をカットしてみましょう。低域をカットしたのに低域がよく聞こえるようになります。

このように、マルチマイクの場合は役割の異なるマイク同士が同じような音を出すと低音が打ち消し合ってしまうことがあります。低域というのはざっくり言うと音の波が大きいので、打ち消しやすいのです。高域も打ち消し合いますが、音量が変わるほどではなく音質変化にとどまります。が、低音は音量変化が大きく起こります。
遠くのマイクの低域を出すよりは近くのマイクの低域を出すほうがはっきり聞こえますので、マイクごとの低域量に注意してバランスをとりましょう。
続いてcenterマイクも足してみましょう。PANがセンターのままだとぶつかりますので、center/sideマイクのPANは少し左右に振って再生してみてください。

ほどよくリアリティのある良い感じの音になっていると思います。offマイクをON/OFFして聞いてみてください。部屋のリアリティがoffマイクでコントロールされているのがわかるでしょう。
気になる不要音の再調整
3本再生するとせっかくカットした不要音がまた気になり始めることがあります。このような場合は各トラックのEQを使ってさらに不要音のカットを行いましょう。
カットしすぎると音に違和感が出てくる、他の帯域の気持ちよさがなくなるという現象が出てくることがあります。ざっくり説明すると位相変化による問題で、Qの狭いイコライザーを強めにかけることで顕著になります。
対策はイコライザーを弱める、Qを広くすること。
つまり、アコギのいい音作りはイコライザーをかける量と幅のせめぎあいなのです。
EQをかけたくないけど仕方なくかける。
このくらいのイメージでイコライジングすると上手くまとめられると思います。
奥義 波形あわせ
それでも音がまとまらない時の奥義。波形をずらして音の開始位置を合わせるという技があります。
以下の画像をご覧ください。
それぞれのマイクの音の開始位置ですが、centerのマイクが一番早く、次いでsideマイク、最後にoffマイクという順番で音が始まっています。ギターから出た音がマイクに到達するまでの時間が異なるためこのようなズレが出ます。わずかコンマ002秒、1000分の2秒の話です。

これはこれで、このままだからこそ部屋の雰囲気が出るのですが、音がまとまらない時はこのズレを手動で合わせてみてください。

もちろん波形が違うのでピッタリは合いません。開始位置を揃える感じで良いです。
いかがでしょうか?
音が急にスッキリするのがおわかりいただけると思います。同じ音が違うタイミングで再生されるというのは、これだけ大きな影響があるということです。どちらの音を使うかはお好み次第ですが、音作りの引き出しとしては大きな武器になると思います。
注意は、一番最初の音の波の上下をあわせてください。
あるトラックは波が上(+側)に、同時にあるトラックが下(-側)に行くと音が打ち消されます。(これが打ち消される仕組みです)後ろのほうは気にしなくて良いのですが、立ち上がり部分だけは波の上下が合うようにしておいてください。
グループチャンネルでの音作り
最後にグループチャンネルで音作りをしましょう。
シングルマイク時と同じ考え方なので詳細は割愛しますが、ビンテージ系のイコライザーやコンプレッサーを使って音に色をつけると面白いでしょう。各トラックの音が整理されていることで、コントローラブルな音になっていると思います。
グループチャンネルでかけたエフェクトが思うような効果を出すために、各トラックでの音の整理が必要なのです。
参考までにグループチャンネルでのエフェクトを以下に紹介しておきます。
コンプレッサーはSteinberg Tube Compressorを使ってみました。アタックタイムやリリースタイムの設定が各マイクへのコンプレッサーよりも弱くなっているのがおわかりいただけると思います。音量はある程度揃っている状態なので、仕上げコンプレッサーという位置づけです。

イコライザーもほぼ不要だと感じましたので、低域のみブーストしています。
アコギソロの場合はこのくらい低域をブーストしても良いと思いますが、他の楽器も入ってくる場合はむしろ少しカットしても良いでしょう。

まとめ
ポイントとしては、マルチマイクになったからといって作業が変わるわけでないということ。
そして、同じ音源を別の位置で録音した音を混ぜるということは、音が濁る原因でもあり、それを知った上でマルチマイクを選択する必要があるということです。
マルチマイクで録音した音は後付では出せない絶妙なリアリティを演出しますが、その情報量は諸刃の剣でもあるのです。
情報量が多い音を必要とするかどうか。
それは曲やアレンジ、コンセプト、演奏者、シチュエーションによって異なります。録音している時に決められなければ、「とりあえず録音しておく」という結論になるでしょう。故に、録音されている音を全部使うかどうかはミキシングで決めなければならないことなのです。
音を聞いて、コンセプトを理解し、必要であれば、ぜひマルチマイクの音を使ってみてください。